長谷川初範、彩輝なおインタビュー 舞台『夜への長い旅路』「忘れていた家族への思いを劇場で味わってほしい」【インタビューVol.18】

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2023年9月16日(土)から9月24日(日)まで、すみだパークシアター倉にて、舞台『夜への長い旅路』が上演される。

本作は、アメリカの劇作家、ユージン・オニールが青春時代に経験した家族の姿を描いた自伝劇で、世界の偉大な戯曲ランキングでトップ3に入るなど、世界屈指の名作に位置付けられている。オニールの死後に発表され1956年にスウェーデンで初演、その後ブロードウェイで上演。トニー賞演劇作品賞・ピューリッツァー賞戯曲部門を受賞している。

2017年にCEDAR第1回公演で上演し、再演を求める声が高まる中、このたびリバイバル上演が叶った。

出演は、オニール自身がモデルとされている次男エドマンドに松本幸大(ジャニーズJr.)

妄想とモルヒネ中毒のもやの間を行き来しながら精神的な痛みに耐える母親メアリーに元宝塚歌劇団月組トップスターの彩輝なお

アルコール依存症で仕事が見つからず、金をせびる長男ジェイミーにCEDARの桧山征翔

かつてのシェイクスピア俳優で、お金に執着しながらも、家族のことを一番に考える父親ジェイムズに長谷川初範が演じる。

このたび、ジェイムズ役の長谷川初範さん、メアリー役の彩輝なおさんにインタビューする機会に恵まれた。家族の絆と再生を描く作品に出演する想いを熱く語ってくださった。

長谷川初範、彩輝なお

膨大なせりふ量を感じさせない、演出家・松森望宏の手法とは?

――稽古が順調に進んでいるとお見受けしました。膨大なせりふ量に圧倒されますが、感触はいかがですか?

長谷川:出演者全員が無事に走り切るために頑張っているところです。(演出の)松森さんが演劇に対する真摯な演出をしてくださっていて、稽古に入って1週間は解釈と読み込みに費やしました。それを共演者がお互いに理解し合って共有していくんです。

その後も一つひとつ丁寧に話し合って本読みをして、ちょっとずつ立ち上がって稽古して、また話し合って…というのを繰り返しています。そうするうちに物語の内容が腑に落ちて、人物の想いや心の動き、魂の叫びがだんだん体の中に入って浸透してきました。とても良い具合で稽古が進行していると思っています。

彩輝:私もせりふを追いかけている感じはしませんね。立ち稽古をしているとせりふに追われているというよりは、感情が先に出てしまうような感覚です。それはこの戯曲が素晴らしいからだと思います。

長谷川:この作品は、賞をたくさんとっているだけありますよね。古典なので避けてきたところがあったんですけど、改めて名作だなと思いましたし、なぜ松森さんがこの作品を上演したいと言うのか、稽古が始まって2週間目ぐらいにやっと分かってきたかな。

彩輝:稽古を重ねていって、どんどん血となり肉となって注入していただくことで、感じ方が変わったり、発見があったりしますね。もちろん自分の体はしっかり動かさなければいけないけれども、稽古に入って改めて脚本を読んでいくと、削いでいかなければいけない部分もあるのかな…と強く感じるようになったんです。ただ私の役はモルヒネ中毒なので、彼女がどういうときに突飛な考えになるのかというのは分析しなければいけないので、そこを今チャレンジしているところです。

長谷川:この作品は、実はテーマがとても現代的なんですよね。ある家族のたった1日の話だけれども…

彩輝:誰もが感じてきたことが1日に凝縮されていて、すごくそれが心に響きます。私は「知らせがないのは元気な証拠」って普段は思っているんですけど、この作品に関わったことで子どもの頃のことや、父親、母親、妹たちに対して「あのときこう思っていたな」って思い出してしまいました。

長谷川:「家族」という当たり前のことを維持させるためには、お互いに愛情や声をかけて、諦めずにやるしかないです。これは家族の再生の話で、絶望のどん底まで落とされても、互いに怒りながらも諦めないで、手を離さない。

僕は18歳の時に家族離散しました。今でもたまに故郷へ行くんですが、実家があった場所が駐車場になってしまったんです。3階建ての実家が跡形もなくなって、まわりの人も僕たち家族のことは忘れていくんだろうなと考えたとき、僕自身の記憶で家族の思い出を維持していくしかないんだと感じました。

そういう意味で、家族というテーマはすごく普遍性を持っていて、世界中の人たちにとって身近なテーマだと思います。僕らは真面目に作品に向き合って最後まで作り上げ、皆さんに観ていただこうと思っています。

家族の問題を演じることで、ヒリヒリした想いが…

――今のお話を伺って思ったのですが、長谷川さんが演じられるジェイムズは、演じる上で理解しやすいのではないでしょうか?

長谷川:そうですね。ジェイムズは僕の亡くなった父に当たり、息子のエドマンドとジェイミーが僕自身かもしれないです。長い間、父に歯向かって神経を逆なでするようなことばかりしてきたことは、年齢とともに全部分析して、自分の中で整理されたと思っていました。でもこの作品に出演することで、家族の問題は、いまだに僕にとって実にヒリヒリくるところがいっぱいあると感じています。

劇中、僕が演じるジェイムズが息子のエドマンドとジェイミーにいろいろ言われるところがあります。その時に「僕の父親も、僕がいろいろ言ったことで悲しい想いをしていたんだろうな…」と思いました。育ててくれたことをすっかり忘れて、偉そうに父親を言い負かせていたな…と。

僕らがこの作品の中で発したせりふで、作品を観た人たちの心の中のベルが鳴って、忘れようと蓋をしていた悲しみがわーっと開いてしまうかもしれないです。号泣してしまうお客様もいらっしゃるんじゃないかなと感じています。

――彩輝さんが演じるメアリーは、演じる上で少し難しい側面があるのではと感じます。どのような役作りをされていますか?

彩輝:確かにメアリーが置かれている状況は、想像するしかないです。演技のテクニック的なところが難しくて、例えば(モルヒネ中毒の人は)どういう段階で正気でなくなるのか…とか。メアリーはちゃんと会話をしているのに、そのままスーッと夢の世界に入ってしまうというのはなぜだろうと模索しています。

ただメアリーは修道女学院出身で、私も宝塚歌劇団にいましたので、女学校のような環境で育ったという意味では、メアリーと似ていると思います。

そしてある時、父親に連れられてみんなが憧れているジェイムズ・タイロンという素敵な俳優さんに出会い、恋をします。その恋に没頭してしまった純粋は分からなくはないですね。

山登りの仲間のように助け合えるカンパニー

――今回は5人のお芝居ですが、稽古場の雰囲気はいかがでしょうか?

長谷川:松本くんも桧山くんも自分の役に真剣に向き合って格闘しているのがよく分かります。それぞれの役の壁が高くて、互いに山登りの仲間みたいな感じです。「危ない!」って思ったら手を差し伸べたいと思うので、そういう意味でとてもいい雰囲気ですね。互いに何とかして良い化学変化を起こそうと頑張っていますから。

そして今回、演出の松森さんが取り入れているのはイギリス演劇の手法で、僕にとてもフィットしています。僕はこの年齢になっていい演出家に出会ったなと素直に思いますね。

――彩輝さんは、出演者全員と一対一でのやり取りする場面がたくさんありますね。エドマンドとジェイミー、2人の息子とのやり取りはいかがですか?

彩輝:エドマンドに関しては、すごく心配をして母親の愛情を注ぎつつも、メアリーは素直な心を見せています。実は彼だけがずっと諦めずにメアリーを信じて冷静に受け止めてくれているんですよ。だからメアリーも素直になれるんです。

ジェイミーに対しては、この作品では愛情を注いでいるところをあまり見ることができません。今回描かれるたった1日の出来事の中で、最初にメアリーの異変に気付くのはジェイミーなんですよ。そういう意味でメアリーはジェイミーに嫌悪感を抱くからです。

そのせいもあるのか、メアリーはジェイミーの弟である次男を亡くしているのですが、自分のせいだと責めつつも、勢いでジェイミーのせいでもあると罵ってしまうんですよね…。

でも私自身は、2人ともよくできた子どもたちだと感じています。

――鬱々としたやり取りが多い中、キャスリーンとのやり取りだけは雰囲気が明るくなる感じがしますが、いかがですか?

彩輝:エドマンド、ジェイムズ、ジェイミーといった男性陣が出かけてしまって、寂しい中、話し相手になってくれるのがキャスリーンです。家族と話すといっても男性ばかりで、メアリーは心が落ち着く会話ができていないと思うんです。

そんな中で、あまり良い言い方ではないですが「キャスリーンでもいいか」ってなるんですよね。「あの子は馬鹿な子だから話し相手にならない」と言っているのに、結局心のよりどころになっています。キャスリーンとのシーンで救われるところはありますよね。

長谷川:あそこのシーンは、清涼飲料水みたいな感じだよね。

人生で言えなかったことを言ってくれるのが演劇 忘れていた思いを劇場で味わってほしい

――この作品は、ユージン・オニールの自伝的作品です。登場人物は全員実在の人物なので、胸に迫るものがありますね。

長谷川:ユージン・オニールが晩年、筆を折ろうとした時に、この作品に挑戦したんです

この作品はお母さんであるメアリーのせりふで終わりますが、あの後、家族が絶望を乗り越えた事実があります。ユージン・オニールは乗り越えたからこそ存在し、活躍したんです。

彼はこの作品を泣きながら書いたと言われていますが、これを書くことで自分自身も作家としての再生を願ったんでしょうね。実際にこの作品はピューリッツァー賞戯曲部門で賞をとっていますから。家族が和解する映画は多いですが、冷静に自分の家族を見つめたこの作品は大きな影響を与えてきたような気がします。

彩輝:一番身近な話ですし、誰にでも絶対にある出来事ですからね。

――ジェイムズとメアリーをどんな夫婦だと思いますか?

長谷川:ジェイムズは息子2人に「お母さんは、若い頃びっくりするぐらいきれいだったんだぞ」っていうんですよね。ジェイムズとメアリーは、結婚した時は相性のいいカップルだったんです。でもそこから人生の修行が始まってしまいました。

彩輝:かごの中で育ったメアリーにとって、起こる現実が想像していたものと違いすぎたんです。それでも頑張ってジェイムズについていったと思うんです。でも傷がだんだん重なっていったんですよ。

長谷川:ジェイムズからみたら、メアリーは憧れの存在。女学院を出て、お嬢様でピアノも弾けて、自分の境遇から考えてみたら、なかったものを彼女が持っていて癒してもらっているんです。彼女から見たらジェイムズは3歳で移民してきて、泥をすすって生きてるみたいな人間。それなのに惚れてくれたということで、大事にしなければいけないと思ったはずです。

彩輝:メアリーも人間味がありますよね。ジェイムズを見て「素敵だわ」と思って、お芝居を見て感動して、楽屋口に行って出会って…。普通ならば理想的な形の結婚だと思いますけども、当時は「役者と結婚するなんて!」みたいなところがあったのかもしれません。だから女学校時代のお友だちは疎遠になり、余計に孤独になっていくんです。

長谷川:さらに家がなくてホテル暮らしをしているわけですからね。メアリーのような環境で育った人にとっては「家がないの?」って感じかもしれない。

彩輝:今回描かれる1日で吐露する愚痴や心の言葉は、常日頃言っているわけではないんですよ。

長谷川:エドマンドが肺結核になったことをきっかけに、みんなの想いが炸裂してしまう。だから切ないんだよね。

――ファンの皆さん、そして劇場にいらっしゃるお客様に向けて作品のアピールポイントをお聞かせください。

彩輝:見ていてつらい部分もあるかもしれませんが、本当に心に響く作品で、確実に愛が伝わると信じています。芝居が終わった後には、お客様もその中に一緒にいるような感覚になるのではないかなと思います。家族の愛や絆、人間味を感じられますし、観終わったあとには、希望や温かさをお持ち帰りいただきたいです。宝塚時代から長年応援してくださっている方には、お芝居好きな方が多いので、皆さんに楽しんでいただくためにも頑張りたいです。

長谷川:忘れていた家族への想いを劇場で味わっていただきたいと思います。人間ってつらいことは振り返らないですし、それってすごく大事なことなんですが、劇場に来て演劇を見て、もう一度人生を振り返って泣くことは誰も止めません。シクシク泣くことは浄化される行為なんですよ。

人生で言えなかったことを言ってくれるのが演劇です。僕たちは愛情にくるまれて生まれ、ここまで生きてこれたわけです。愛情を人に与えることで、自分も救われる、そういうことをこの作品で感じていただきたいです。

取材・文・撮影:咲田真菜

舞台『夜への長い旅路』

日程:2023年9月16日(土)~9月24日(日)
場所:すみだパークシアター倉

作:ユージン・オニール
翻訳:平田綾子/村上麗奈

演出:松森望宏
出演:松本幸大(ジャニーズJr.)、彩輝なお、長谷川初範、桧山征翔、越後静月

企画・製作・主催:一般社団法人CEDAR
https://www.cedar-produce.com/

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この記事を書いた人

国家公務員・一般企業勤務を経てフリーランスのライターになる。高校時代に観た映画『コーラスライン』に衝撃を受け、ミュージカルファンとなり、以来30年以上舞台観劇をしている。最近はストレートプレイも積極的に観劇。さらに第一次韓流ブームから、韓流ドラマを好んで視聴。最近のお気に入りはキム・ドンウク。