2023年8月28日(月)~8月30日(水)、あうるすぽっと(豊島区立舞台芸術交流センター)にて、リーディング『First Love~ツルゲーネフの「初恋」~』が上演される。
ロシアを代表する作家、ツルゲーネフが生涯で最も愛したといわれている小説「初恋」は、彼の半自叙伝的な作品として知られている。2023年はツルゲーネフ没後140年という節目の年にあたり、このたび「初恋」が朗読劇として生まれ変わる。
上演台本は二度にわたり小田島雅志翻訳・戯曲賞を受賞している木内宏昌による書下ろしで、演出は独創的なオペラ演出で高い評価を得、自身もカウンターテナーとして活躍する彌勒忠史が担当する。
そして主人公のウラジミール役に藤本隆宏、ウラジミールが恋をする公爵令嬢ジナイーダは中村壱太郎が演じ、さらに一色采子、神里優希、柳内佑介、鯨井康介が出演する。
このたびウラジミールを演じる藤本隆宏さんにお話を伺うことができた。物語は40代になったウラジミールが16歳の頃を回想する形で進められるため、16歳をどのように演じるのか注目されている。
以前からロシアに深い興味を持っていること、そして役作りや自身の初恋話についても語ってくださった。
「坂の上の雲」出演でロシアに興味を持ち、今回のオファーを即決
――今回の公演では、藤本さんが16歳の役を演じることに注目している人が多いと思います。出演が決まった時の率直な気持ちをお聞かせいただけますか?
藤本隆宏(以下、藤本):今まで朗読劇は何度かチャレンジしましたが、ここまで一貫して同じキャラクターを演じることがありませんでした。さらに16歳の役も演じたことがないので、ちょっと怖い部分もありましたけど新たな挑戦ができると嬉しく思い、お受けしました。実はそこまで「16歳を演じる!」ということを意識しているわけではないんですけどね。
――「やります!」とすぐにお返事したんですか?
藤本:そうですね。実はロシアという国にすごく興味があるんです。ドラマデビューをしたのが「坂の上の雲」という作品で、ロシアの女性と恋をする広瀬武夫という日本の軍人を演じました。
広瀬は諜報活動をするためにロシアに潜伏して過ごし、ロシアの良さや素晴らしさを感じている役でした。役作りのために撮影の10日位前にロシアに入り街歩きや現地の人と話しをしたり、いろんな文献を読んだりしました。ロシアは遠い国のように感じるけれども、実は日本から近い国でもあるので、その頃からすごく興味を持っていたんです。
あの役をいただいてからずいぶん経ちますが、ここ数年、再びロシアについて勉強したいと思っていたところでのお話だったので、そういう意味でも嬉しく思っています。
――ロシア文学は日頃から読むんですか?
藤本:以前はロシア文学に関して、あまり興味がなかったんです。モスクワへ行ったときも「チェーホフのお墓に行きましょう」といわれましたが、そのときはあまり興味がなくて…。文学的なことよりも歴史的な背景や地理的な問題に興味があったんですよね。ロシアはすごく大きな国で、いろいろな文化が入ってきていますし。でも今回改めて「初恋」を読んで、いい作品だなと思いました。
――これまでロシアのどの都市に行かれたことがあるのですか?
藤本:モスクワとサンクトペテルブルクです。あと名前は忘れてしまいましたが、その近郊の町ですね。
――ロシアに興味があるということが、今回の役にフィットしますね。
藤本:そうですね。(「坂の上の雲」で)ロシアの女性に恋をするという役を演じたことは、貴重な体験だったのかなと思っています。
――16歳を演じることはあまり意識していないとおっしゃっていましたが、現時点で役作りをする上で、何か考えていることはありますか?
藤本:今の段階では、わからない部分が多いです。ただ、声のトーンやスピードを変えるとか、変化をどうつけていくかという課題はあります。
今回の作品には、物語のシチュエーションを表現するモノローグと、相手のあるせりふの部分があったりします。そこのメリハリをどうつけるかということも重要ですし、モノローグは40歳のウラジミールなので、そこは明確に変えていきたいなと思っています。そして俳優が演じるからこそ、声質についても追求していきたいと思っています。
――ウラジミールを演じていく中で、印象深いシーンはありますか?
藤本:やっぱりジナイーダに出会って、気持ちが高ぶり、経験したことのないような心の動きの表現がいくつか出てきます。そこは見ていただきたいと思うし、大事に演じていきたいです。ジナイーダと出会う最初の瞬間も大事ですし、ウラジミールが変わっていく瞬間も大事だと思うので、そこは楽しみでもあります。
――今回は出演者が舞台上に並んで、座って演じることになるのでしょうか?
藤本:演出を担当する彌勒忠史さんと詳しいお話はこれからですが、彌勒さんの中では、全員が横並びでいるのがいいのか、それとも舞台上に散らばって、例えばサスペンションライトを舞台上部から吊り下げて、その明かりの中に登場人物が入ってくるような形がいいのか…など、いろいろ考えていらっしゃるようです。
ウラジミールと共通しているところは?
――藤本さんが演じるウラジミールは、どんな少年だと思いますか?
藤本:この作品は、原作者のツルゲーネフの半自叙伝ということで、そこは意識しなければいけないと思うんですが、本当に純粋な青年…というよりも自分の中では少年に近い青年なのかなと思っています。実際のロシアの16歳は、結構大人っぽいと感じていますけどね。
物語の最後で、ウラジミールは大学に進学しますが、そこで初めて青年になって大人になっていくのかと思います。だから最初は、少年っぽい16歳のような気がして、恋もまだ知らなかったのにジナイーダに会って、そういう初めてのパッションというか、恋をする瞬間っていうのを大事にしていきたいので、純粋な男の子として演じたいと思っています。
――16歳の頃の藤本さんはどんな少年でしたか? ウラジミールと似ているところはありますか?
藤本:私は水泳に真剣に取り組むスポーツ少年でしたが、16歳の頃は一番悶々として、いろいろな妄想をしてましたね(一同笑)。
福岡県の宗像市に住んでいたのですが、自宅の2階の窓から公園が見えたので、行き交う人たちの行動をずっと見ていた記憶があります。いわゆる人間ウォッチングですね。この人たちは何をやっているんだろうと。自分のことはさておき、人の行動にすごく興味があったんですよ。
人間ウォッチングをしながら「世の中にはいろんな人がいるな~」って(笑)。私の場合、ずっと水泳しかやってこなかったので、外部と接触することがほとんどなかったんです。
水泳のシーズンが8月に終わると意外に何もすることなくて、ラジオを聞いたり、外を眺めたり…。そういう面においては、ウラジミールと共通するところがあったのかもしれません。
中村壱太郎がジナイーダを演じる意味とは?
――ウラジミールの初恋の相手、ジナイーダを演じるのは、歌舞伎界女方のホープ、中村壱太郎さんです。これから稽古が始まるとのことで、楽しみにしていることはありますか?
藤本:歌舞伎界の若手女方として注目の方だと伺っていますし、歌舞伎の世界は、芝居はもちろんですけれども、見せ方、そして声の作り方に関してプロでいらっしゃいますから、ジナイーダをどう演じられるのか、すごく楽しみです。稽古する前から「壱太郎さんが演じるとすごいんだろうな」と自分の中でイメージができています。
私も壱太郎さんを想って演じることができるというのがとても嬉しいですし、どんな芝居になるのか今から楽しみですね。
――壱太郎さんがジナイーダ役を演じる意外性に期待している人も多いと思います。
藤本:私は男性の壱太郎さんがジナイーダを演じることに対して、すんなり入っていけると確信をもっています。実は、なぜ壱太郎さんがキャスティングされたのか、質問してみたことがあったのですが、女性がジナイーダを演じると変に生々しくなってしまうという懸念があったようです。何しろジナイーダは、男性を翻弄するキャラクターですから。
でも壱太郎さんが演じることで、ジナイーダという女性がオブラートに包まれた感じで表現できるのではないかと。そして何よりも歌舞伎俳優さんならではの表現力があると思うので、そこは面白いのではないでしょうか。
――藤本さんは、ジナイーダのような女性をどう思いますか?
藤本:魅力ある女性ですよね。私は絶対好きになるタイプではないんですけども(一同爆笑)。
あれだけ男性に好かれているわけですから、よっぽど魅力のある人なんだろうなと思うので、私は彼女の魅力をナレーションでしゃべりますから、そこは伝わるように大事にしていかなければいけないですね。
――一色采子さん、神里優希さん、柳内佑介さん、鯨井康介さんとはお稽古をされていると伺いましたが、印象はいかがですか?
藤本:皆さん、お上手なんですよ。それぞれプロフィールを拝見させていただいたら、いろいろな経験を積んでいらっしゃる方ばかりで…。
一色さんが演じるジナイーダのお母さんが面白いんです。繊細に演技プランを練られて演じていらっしゃるので、すごく計算されていると感じました。「ここではこういう芝居をしたほうが絶対いい」というような、自分の役だけではなく芝居全体を見て演じられている印象があります。出演者は女性1人ということもあってインパクトは強いですね。
神里さんは、お会いしただけですが、私は神里さんが出演している舞台『ハイキュー!!』を観ているんです。帝国劇場の舞台も出ていらっしゃって力を伸ばしている方で、かっこいいのに三枚目のようなキャラクターも演じられて、多才で器用な方だなと思っています。
鯨井さんはミュージカルなどで活躍されている傍ら日本舞踊もなさっているとか。そして柳井さんが醸し出す優しさはすごく魅力的で、彼のようなキャラクターがいると芝居が華やかになりますね。
2人の女の子を好きになった初恋の結末は?
――ところで藤本さんご自身の初恋はいつでしたか?
藤本:よくよく考えてみると、小学校6年生、中学校3年生、高校3年生のときに恋をしてますね。不思議なんですけど「人生の転機になると恋をする」みたいな感じですね。
――…ということは、初恋は小学校6年生ですか?
藤本:いや、どれが初恋か分からないんですけど(笑)、小学校1年生の時に2人の女の子が好きだったんですよ。(一同爆笑)
――それはまた気が多いですね! それぞれ違うタイプだったんですか?
藤本:可愛らしいタイプと活発なタイプでしたね。
――初恋は成就したんですか?
藤本:するわけないじゃないですか! 全部駄目ですね。(一同爆笑)
――小学校の頃は、運動神経が良い男の子がモテたので、藤本さんはモテたのではと思いました。
藤本:ほんっとにダメでしたね(笑) 小学校6年生のときも、好きだった子が運動神経の良い子だったんですけど、ダメでしたねー。(ここで遠い目をされる藤本さん)
――(笑)これ以上藤本さんが遠い目をされると切ないので、作品の話に戻りますね。今回はリュート奏者の方も出演され、音楽的にも楽しみなところがあると思います。改めて見どころをお聞かせください。
藤本:音楽に関して言うと、演出の彌勒さんはオペラの演出をされていますし、ご自身も声楽家でいらっしゃいます。お話させていただいてすごく魅力のある方なので、どんな演出をされるのか楽しみですし、ぜひ期待していただきたいです。
お聞きしたところによると、彌勒さんは「百万本のバラ」を音楽として使いたいっておっしゃっているようです。ウラジミールの初恋をバラに例えて、だんだんジナイーダへの想いが膨らんでいき、恋した瞬間に花開いて、そして散っていくという…。チラシもバラをイメージしていますしね。
そしてジナイーダが公爵令嬢なので、宮廷音楽で使われているリュートを取り入れようと思われたみたいです。
さらに舞台上には、登場人物の心情を表すためのプロジェクションマッピングを入れる予定もあるのだとか。ワンシチュエーションの芝居になると思いますけれども、映像と光、そして音楽をとても大切にしていくと思うので、ぜひ注目してほしいです。
――公演を楽しみにしているファンの皆さんにメッセージをお願いします。
藤本:やるからには、新しいものをお届けしなければいけないと思っています。
今は、心が疲弊し疲れてきている時代です。「恋」という漢字を改めて調べてみると、人の心をつかむ、手繰り寄せる、心を引き寄せるという意味があると書いてありました。
ここ数年大変な時期が続いて、恋することも忘れていたり、恋をする余裕もなかったという方も多いのではないでしょうか。優しさや愛、恋というものを取り戻しに、そしてそれらを与えられるような舞台にしていきたいですね。ロマンチックな舞台になると思うので、ぜひ観に来ていただきたいです。
取材・文:咲田真菜
編集:彩川結稀
撮影:谷中理音
リーディング『First Love~ツルゲーネフの「初恋」~』
日程:2023年8月28日(月)~30日(水)
劇場:あうるすぽっと
原 作:イワン・ツルゲーネフ
上演台本:木内 宏昌
演 出:彌勒 忠史
出 演:藤本 隆宏、中村 壱太郎、神里 優希、柳内 佑介、鯨井 康介、一色 采子
リュート演奏:高本 一郎
チケット料金:7,700円(全席指定・税込)
企画・製作:アーティストジャパン
お問い合わせ:アーティストジャパン 03-6820-3500 https://artistjapan.co.jp