2023年12月9日(土)より東京・日生劇場でミュージカル『ベートーヴェン』が上演中だ。『エリザベート』『モーツァルト!』『レベッカ』『マリー・アントワネット』『レディ・ベス』といった日本でも人気のミュージカル作品を手掛けているミヒャエル・クンツェ(脚本/歌詞)とシルヴェスター・リーヴァイ(音楽/編曲)による新作。2023年1月に韓国で世界初演の幕を開け、待望の日本上演となる。
構想に10年以上を費やしたという本作は、「楽聖」と称されるルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンの謎に満ちた人物像と生涯に迫っている。特にベートーヴェンの叶わぬ恋に焦点を当て、「悲愴」「月光」「英雄」「運命」「田園」「皇帝」「エリーゼのために」「第九」などのメロディラインが頻繁に登場する。
チケット購入が難しかった中、筆者は運よく12月16日(土)夜公演を観劇できた。主要キャストは下記のとおり。極力ネタバレを控えて感想を述べたいと思うが、多少公演の内容に触れる部分がある点をご了承いただきたい。
2023年12月16日(土)17時公演 キャスト
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(孤高の音楽家)井上芳雄
アントニー・ブレンターノ(ベートーヴェンの想い人“トニ”)花總まり
カスパール・ヴァン・ベートーヴェン(ベートーヴェンの弟)小野田龍之介
ベッティーナ・ブレンターノ(“トニ”の義理の妹)木下晴香
バプティスト・フィッツオーク(野心家の弁護士)渡辺大輔
ヨハンナ・ベートーヴェン(カスパールの妻)実咲凜音
フェルディナント・キンスキー公(ベートーヴェンのパトロンの一人)吉野圭吾
フランツ・ブレンターノ(銀行家であり“トニ”の夫)坂元健児
筆者は 2022年10月~ 11月にかけて上演された、中村倫也主演のMUSICAL『ルードヴィヒ~Beethoven The Piano~』を観劇し、ベートーヴェンという作曲家の壮絶な人生に圧倒された。今回は、かつてモーツァルトという天才作曲家を演じた井上芳雄がベートーヴェンをどう演じるのか、非常に楽しみだった。
井上が自身のラジオ『井上芳雄 by MYSELF 』で繰り返し言っていたのが「歌う曲の数が膨大!」ということだった。その言葉どおり、幕が開いてから終演まで歌う歌う! 千秋楽まで喉がもつのか心配になるほどの歌いっぷりだった。ベートーヴェンの名曲をモチーフにしたものが多く、聞き覚えのあるメロディーなのですっと耳に入ってきて心地良い。
個人的にベートーヴェンは「陰」のイメージが強いと感じている。かつて音楽室で見たベートーヴェンの肖像画は気難しい雰囲気を醸し出していたからだ。謎の多い人物だと言われているが、実際に幼い頃に受けた父親からの虐待に近い音楽のスパルタ教育、そして徐々に聴力を失っていく恐怖を味わった彼の生涯から明るさは感じられない。
そんな「陰」のベートーヴェンを井上はエネルギッシュに演じた。プライドが高く不器用で人付き合いが下手、そして誰も信じようとしない闇を抱えた人物を演じるのはさぞかし大変だったことだろう。観ている側も息苦しくなるような熱演だったが、花總まりが演じるトニに出会ったことで愛を知り、少しずつ変わっていく姿を繊細に表現していた。
そしてベートーヴェンの想い人、トニを演じた花總も井上に負けず劣らず歌う場面が多かった。宝塚時代から花總を見ている筆者だが、今回は彼女がミュージカル『モーツァルト!』でナンネールを演じて以来の観劇となる。驚いたのは、花總の歌声にパワーがあったことだ。ファルセットで歌う印象が強かったが、地声で歌い上げる歌唱を見せたのは少し驚いた。
トニは、ベートーヴェンに出会う前、夫のモラハラ気質を見ないようにして無邪気にふるまっていたが、ベートーヴェンに出会ったことで自分の置かれている状況が決して幸せなものではなかったと気付いていく。前半と後半、トニの心境の変化を花總は持ち前の表現力で演じきった。
ベートーヴェンの「愛」に焦点を当てた作品らしく、井上と花總の熱演を100%堪能できる作品だといえるだろう。
しかし消化不良の面があったことも否定できない。例えばベートーヴェンの弟、カスパール・ヴァン・ベートーヴェンを演じた小野田龍之介の出番の少なさだ。小野田が井上のラジオに急遽ゲスト出演した際、井上は「僕の曲を少し歌ってほしい」と冗談で言っていたが、筆者も個人的にもっとソロで歌って欲しかったと感じた。
史実上、ベートーヴェンは弟のカスパールとは確執があり、カスパール亡きあとは、彼の息子(ベートーヴェンの甥)をめぐって妻との間で争いがあったという。その点があまりにもサラッと描かれ過ぎていたような気がした。カスパールにも兄のベートーヴェンと分かり合えない苦悩があったろうに、そんな気持ちを歌い上げるシーンがあってもいいのではないかと感じた。歌唱力に定評がある小野田と海宝直人がWキャストで出演しているのにもったいない…と思った。
そしてベートーヴェンとトニの愛の終焉があまりにも唐突で、あっけにとられてしまった。トニが去り、すべてを失い、ベートーヴェンが死へ向かっていくまでが怒涛の展開で進んでいく。謎に包まれた部分が多いのかもしれないが、クンツェ&リーヴァイが得意とする非現実的な描写(エリザベートならトートの存在、モーツァルトならアマデの存在)を入れたほうが分かりやすかったのでは…と思ったりもした。
いろいろ書いてしまったが、全体的にはとても見どころのある作品だと感じている。とりわけベートーヴェンの楽曲が大好きな人にとっては、曲を聞くだけで満足感が得られるだろう。
先日、2023年12月24日(日) 17:00東京公演と2024年1月21日(日) 12:00兵庫大千穐楽公演がライブ配信されることが発表された。チケット購入が困難だった公演なので思いがけないクリスマスプレゼントだ。2023年12月24日(日) 17:00東京公演のカスパール・ヴァン・ベートーヴェン役は海宝直人、フランツ・ブレンターノ役は佐藤隆紀なので、筆者もぜひ観たいと思っている。
東京公演は12月29日(土)まで。その後、年が明けて福岡、愛知、兵庫公演が控えている。詳細は公式サイトを確認しよう。
文:咲田真菜
ミュージカル『ベートーヴェン』公演概要
<公演情報>
東京 日生劇場
2023年12月9日(土)〜12月29日(金)
福岡 福岡サンパレスホテル&ホール
2024年1月4日(木)~1月7日(日)
愛知 御園座
2024年1月12日(金)~1月14日(日)
兵庫 兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホール
2024年1月19日(金)~1月21日(日)