黒木華ら実力派俳優陣が挑む 舞台『NORA』東京公演開幕 舞台写真及びキャストコメント、ゲネプロレポート

撮影:後藤敦司

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2026年7月15日(水)、東京芸術劇場 プレイハウスにて、舞台『NORA』が開幕した。

19世紀末の初演から今日まで世界各国で上演されるヘンリック・イプセンの『人形の家』を、いまヨーロッパで最も注目を集める演出家の一人であるティモフェイ・クリャービンが、大胆に現代風にアレンジする本作『NORA』。クリャービンはイプセンが創出した会話劇を、メッセージアプリでテキストを送り合う“今ならでは”のコミュニケーションで表現。セリフの8割は物語の登場人物たちの手元のスマートフォンを用いてやりとりされ、そのスマホの画面はリアルタイムで舞台上に映し出される。

撮影:後藤敦司

この斬新な演出に挑むのは、タイトルロールのノラ役の黒木華、ノラの夫・ヘルメル役の勝地涼、ノラの友人クリスティーン役の瀧内公美、ノラを追い詰めるクログスタ役の鈴木浩介。ティモフェイと共に、現代版『人形の家』を創造する。

目次

舞台『NORA』ゲネプロレポート

ヘンリック・イプセンの「人形の家」(1879年デンマーク王立劇場で初演)を現代の物語としてよみがえらせた舞台『NORA』を観劇した。

傑作古典戯曲を現代社会に置き換える試みは珍しくない。しかし、現代的なコミュニケーション手法をこれほどきめこまかく徹底的に反映させた演劇には、そうそうお目にかかれない。なにしろ上演時間の大半は、俳優が台詞を発することがなく、劇場内にはただただスマホの入力音だけが響き渡っているのだから。

撮影:後藤敦司

主人公・ノラ(黒木華)は弁護士の夫・ヘルメル(勝地涼)、そして二人の子どもたちと幸せに暮らしていた。しかもヘルメルは、年明けから信託銀行の頭取に着任予定と順風満帆。おかげでノラは、夫を亡くして困窮している古い友人、クリスティーン(瀧内公美)のために、信託銀行での働き口を紹介することもできた。

撮影:後藤敦司

ところがクリスマスイブに、ヘルメルの友人、クログスタ(鈴木浩介)がやってくる。クログスタが、ある目的のためにノラを脅し始めたことから、この誰もがうらやむ理想的な一家の歯車が狂い始めた…と、ストーリーはいたって原作に忠実だ。

撮影:後藤敦司

だが物語の大半は、スマホでのやりとりによって展開するのである(それも音声ではなく、主にテキストによるやりとりで)。舞台の上半分のスクリーンには、登場人物たちのスマホ画面が大きく映し出される。そのスクリーンの下が、俳優たちが演技をする空間だ。

撮影:後藤敦司


この斬新な演出を手掛けたのは、ティモフェイ・クリャービン。古典作品の大胆な現代的解釈で注目を集めているロシア人演出家だ。幕が上がってしばらくは、極めて斬新な表現方法にチューニングを合わせることに必死だった筆者だが、徐々にその圧倒的なリアリティに惹き込まれていく。…たしかに私たち、こんな感じで人とやりとりをしているよね、と。

私たち現代人はいつしか、声を出して話す代わりに、文字を入力して伝えるようになった。目の前にいる人ではなく、スマホの向こうの人物とのコミュニケーションを優先させ、それに支配されることが飛躍的に増えた。クリスマスパーティで披露するダンスのレッスンを受けながら、自らの罪を隠し通すためにスマホを介して悪戦苦闘するノラの姿は一見すると滑稽だが、実は観客自身も少なからず似たことをしていると気づく。そして、この物語が観客自身の物語になっていく。

撮影:後藤敦司

第一幕で、夫のヘルメルから「子リスちゃん」と呼ばれれば、「あなたの子リス」と応じるノラ。愛玩動物のように夫から守られる心地よさに安住する一方で、「みんな、私には何もできないって思ってる。私にだって、できることはあるのに」という葛藤ものぞかせる。

そんなノラが第二幕で目の当たりにしたのは、これまで見たことがなかった夫の一面だった。自分の社会的立場を守り抜けたことに狂喜乱舞するヘルメル。妻の存在など眼中にないかのようにはしゃぐ夫を茫然と見つめるノラ。広がってゆく二人の温度差を、黒木と勝地が見事に表現していた。

撮影:後藤敦司
撮影:後藤敦司

かけがえのない存在だと思っていた人は、どうしようもなく分かりあえない他人にすぎなかった。虚しさの後に、沸き起こってくるエネルギー。クリスマスの花火の音が響き渡る中、ノラはスマホを置いて家を出て行く。

冒頭から最後の場面までの間に流れた時間は、わずか数十時間。これほど短い間に、これほど劇的に生まれ変わる人間などいるのか。…もちろん、いる。そう信じさせてくれる、黒木のさすがの演技力であった。

今公演は、斬新な演出ゆえの課題もあった。舞台上のスクリーンに映し出された巨大なスマホ画面が実際のスマホそのもので、あまりに情報過多だったのだ。そのため、入力中のメッセージ(すなわち、登場人物たちの台詞)の位置を特定するのに、若干の時間と労力がかかる。この積み重ねは観客にとって、無視できないストレスになる。スマホのメッセージと俳優の演技空間との視線移動がスムーズにいかず(前方席の観客ほど、その度合いは大きい)、俳優の演技に集中することが難しくなってしまうのだ。

黒木華、勝地涼、瀧内公美、鈴木浩介という、ぜいたく極まりないキャスティングに心躍らせていた筆者にとっては、この点が非常に残念だった。スマホ画面のメッセージの見せ方には、改善の余地があるだろう。

女性の自立がテーマの作品だと評されてきた「人形の家」。今、「NORA」を観た人たちは、これを女性の自立の物語と受け止めるだろうか。「私にはやるべきことがある。それは私自身の教育」。この名台詞に共感するのは、決して女性客だけではないはずだ。庇護という名の支配の下にいるのは、女性に限らないのだから。

今から40年以上前、ある演劇人が「ノラは家を出た後、娼婦になるだろう」と記したそうだ。その独自の「人形の家」観を批判することもできるが、そんな時代だったのだから仕方がなかった気もする。

対して、現代を生きる「ノラ」はどうだろうか。「私自身を教育する」という強い思いさえ持ち続ければ、きっと何かしら生きていく道を見出せるに違いない。そう考えると、世の中は悪いほうにばかり変化しているわけではないな。そんな思いを心に浮かべながら、劇場を後にした。

東京芸術劇場プレイハウスほか、えずこホール(宮城県)、春日井市民会館(愛知県)で上演予定。

文・CS Toca
舞台写真:撮影:後藤敦司(オフィシャル提供)

出演者コメント

黒木 華 [ノラ 役]
いよいよ『NORA』の幕が開きます。
ティモフェイ・クリャービンさんの演出によって、イプセンの『人形の家』が現代ならではの表現で新たな息吹をまといました。長く愛され続けてきたこの物語が、今を生きる私たちにどう響くのか。そして皆さまがどんな思いを受け取ってくださるのか、私自身とても楽しみにしています。劇場でお待ちしております。

勝地 涼 [ヘルメル 役]
いよいよ開幕です。
「人形の家」をスマートフォン上のやり取りで描く舞台。僕たちも未知の体験にワクワクしながら稽古しました。
みなさんもきっと初めての演劇体験になると思います。
夏にクリスマスの物語。
劇場を出た時に余韻を感じられる舞台になっているので是非お楽しみください。

瀧内公美  [クリスティーン 役]
この作品は、これまでヨーロッパ2カ国で上演されているのですが、最初にブルガリアでの公演をスマホで見た時、”演劇”という概念が覆されるような衝撃を受けました。
「アート性の高い作品」というと、ざっくりとした表現になりますが、この形態で演劇を立ち上げる試みを非常に面白く思っています。
視覚的には情報量が多く、不思議な感覚に誘われる作品に仕上がっています。
お客さまからどんな反響をいただけるのか、楽しみでなりません。
スマホと格闘しながら、頑張ります!(笑)

鈴木浩介  [クログスタ 役]
ティモフェイの演出が何を大切にし、どのような意図で生まれたのか、そのすべてを自分自身が完全に理解できているわけではありません。だからこそ、この作品は観客の皆さんにご覧いただいて初めて完成するものだと感じています。皆さんがどのように受け止め、どんな答えを見つけてくださるのか。その答え合わせができることを、今からとても楽しみにしています。

『NORA』公演概要

原作 『人形の家』 ヘンリック・イプセン
演出 ティモフェイ・クリャービン

出演 黒木華  勝地涼  瀧内公美  鈴木浩介
石村みか  今井公平  越後静月  大滝樹  小幡貴史  木山廉彬  中野風音
天野叶愛  木根渕凛音  佐々木直輝  滝澤このみ  福元愛悠  師岡結月

特設HP https://nora.geigeki-classics.jp

東京公演
公演日程 2026年7月15日(水)~7月26日(日)

※子役はダブルキャスト出演
天野叶愛・福元愛悠・佐々木直輝
7/15(水)18:00、7/16(木)18:00、7/18(土)12:00、7/19(日)13:00、
7/22(水)12:00・18:00[収録]、7/24(金)13:00、7/25(土)18:00、 8/1(土)13:30[宮城]
木根渕凛音・滝澤このみ・師岡結月
7/16(木)12:00、7/17(金)13:00、7/18(土)18:00、7/21(火)13:00、7/23(木)13:00、 7/25(土)12:00、7/26(日)13:00、8/15(土)17:00[愛知]、8/16(日)13:00[愛知]

会場 東京芸術劇場 プレイハウス
チケット料金 S席:10,500円 S席(前半割/平日夜割):9,000円 A席:7,000円
U25:5,000円 U18:1,000円

<地方公演>
宮城公演
公演日程 2026年8月1日(土) 13:30開演
会場 えずこホール 大ホール
劇場HP https://www.ezuko.com/mirukiku/corner345/2026_02.html

愛知公演
公演日程 2026年8月15日(土) 17:00開演 、 8月16日(日) 13:00公演
会場 春日井市民会館
劇場HP https://www.kasugai-bunka.jp/archives/49627


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この記事を書いた人

小劇場での演劇活動期間の後、劇作家を目指すも、あえなく挫折。紆余曲折を経て、フリーランスのライター、翻訳者、動画編集者となる。

YouTubeで「源氏物語をこよなく愛する81歳のばあさんがあれこれ語るチャンネル」を運営中。
www.youtube.com/@80NHK-wd3yh

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