ミュージカル『ミス・サイゴン』全国公演へ 高畑充希&知念里奈 2人の強い女性の生き様に引き込まれた観劇レポート

ミュージカル『ミス・サイゴン』

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日本初演30周年記念公演ミュージカル『ミス・サイゴン』の帝国劇場公演が2022年8月31日に千秋楽を迎え、いよいよ全国公演として大阪、愛知、長野、北海道、富山、福岡、静岡、埼玉を巡演する。

帝国劇場公演は、残念ながら新型コロナの影響で、何度か休演を余儀なくされた。今のご時世は、チケットを購入できたとしても観劇できるかどうかは運しだいといったところだ。筆者はありがたいことに2022年8月20日(土)の昼公演を観劇することができた。その日のキャストは下記のとおり。

初演の頃から見続けている本作だが、今回は何が何でも高畑充希が演じるキムを観たいと思っていた。念願が叶ったわけだが、期待を裏切らない、いや、それ以上の素晴らしいキムに圧倒されてしまった。

そして本作のもう一人のヒロインともいえるエレンを演じたのは、知念里奈。かつてはキムを演じていたが、この方はエレンが本当によく似合う。

この作品は戦争の悲惨さを伝えるのはもちろんのこと、2人の女性の強さ、生き様に心を動かされる作品なのだと改めて思い、今回はキムとエレンの2人に焦点を絞って感想を書いてみた。

以下、ネタバレを含むので一度も本作を観たことがない方はご了承いただきたい。

目次

一途で繊細なキムを体当たりで熱演する高畑充希

高畑が演じたキムは、ベトナム戦争で両親を失いエンジニアに拾われ、生きるためにアメリカ兵を客にとる娼婦になった少女だ。エンジニアに促されるまま、初めての客となったのがクリスだ。

クリスに出会うまでのキムは、弱々しく儚げだ。前半、ジジたちと歌う「Movie in My Mind」で、高畑の抑えた声量に最初は「ん? 声の調子が悪いのか?」と心配してしまったのだが、あとからこれは高畑の緻密な演技だったのだと気づいた。それぐらい高畑が演じるキムは、歌の素晴らしさはもちろんのこと、高い演技力が生かされていた。

クリスと出会い、一夜を共にしたあとのキムは明らかに変わっていく。クリスと添い遂げる覚悟を持った強い女性に変貌していき、クリスと生き別れた3年後、ボロボロになってもクリスとの間に授かった愛息・タムを命がけで守る女性になっていた。

本作において、キムの見どころは一幕最後の「命をあげよう」をはじめとして、多々ある。中でも筆者が特に心を動かされるのは、キムのいいなずけ・トゥイがタムを殺そうとしたときに、タムを抱きかかえて守るシーンだ。

かつてクリスから身を守るために渡された銃を手に、必死の形相でナイフを手に迫ってくるトゥイに立ち向かう。母としての覚悟、クリスへの愛…鬼気迫るキムの演技に引き込まれていく人も多いだろう。

これまでいろいろな俳優がキムを演じてきたが、高畑が演じるキムは、一人の男性を愛することによって変化していく様をありありと観る側に伝えている。

観劇に同行してくれた知人は、今回本作を初めて観劇したのだが「演技ができる俳優さんの歌は心に残りますね」と感想を言っていた。ミュージカルは歌の上手さだけでなく、俳優たちの演技力の上に成り立つものなのだと改めて感じた。

クリスを懸命に支えるエレン 知念里奈が大人の女性の包容力を魅せる

クリスがベトナムを逃げるように去った数年後、結婚をした相手がエレンだ。サイゴンが陥落し、キムとクリスが生き別れてから3年後に舞台が移ると、キムとのデュエット「I still  Believe」でエレンが登場する。

初演時に本作を観た時は、エレンが邪魔な存在だと感じた。エレンさえいなければキムはクリスと幸せになれたのに…と単純に思ったのである。ところが年齢を重ねるごとに、エレンという女性の懐の大きさに尊敬の念を抱くようになっていった。

ベトナムから深い傷を負って帰国したクリスを何も言わずに支えている姿は素晴らしいし、何といってもクリスに子どもがいたという事実を受け入れて一緒にバンコクまで会いに行くというのはなかなかできないことだ。

筆者にとってエレンの見せ場は、バンコクのホテルのシーンだ。

キムを探しに出かけたジョンが留守の時に、図らずもキムと対面してしまうエレン。戸惑いながらもできるだけ明るくフレンドリーに「クリスの妻、エレンです」と握手を求めるのだが、クリスを夫だと思っていたキムは大きなショックを受け、取り乱す。そんなキムをどうにかしてなだめようとするが、キムはホテルの部屋を飛び出して行ってしまう。そこにキムを探しに行っていたクリスと友人のジョンが戻ってきて、エレンは初めてクリスと本音で話し合う。

エレンにとって、バンコクのホテルでのシーンは怒涛のような展開となるわけだが、それを演じる知念が何とも素敵だ。キムに対して優しく接しつつも、クリスを愛する女性としての複雑な心境も隠すことができず、エレンはクリスへ正直な想いをぶつける。

しかしクリスは、地獄だったベトナムでキムは救いだったとしつつも、今愛しているのはエレンなのだと吐露。そんなクリスを優しく受け入れる姿はまさに女神のようで、知念はそのイメージにぴったりなのだ。

最終的にキムはタムをクリス夫妻に託すため、自らの命を絶つ。何とも後味の悪いバッドエンディングなのだが、最後にエレンが大きく手を広げてタムを受け入れるのを見て救われる人も少なくないだろう。そういう意味でもエレンはこの作品の中でとても重要な役割を担っている。

考えてみれば、本作の主要キャストであるエンジニア、クリス、ジョン、トゥイは、戦時下ということやそれぞれの生い立ちからやむを得ないところがあったとはいえ「何でそうなるの??」と突っ込みを入れたくなるような行動を取る。

対してキムとエレンは、国籍や立場が違うけれども、一途にクリスを愛し行動に一貫性がある。女性は強くて激しい。改めてそんなことを思った観劇だった。

今後、高畑充希のキムと知念里奈のエレンの組み合わせは、9月12日(月)13時の大阪公演1回のみだが、他のキャストでもまた違った雰囲気を味わうことができるだろう。全国公演を観に行く人にとって、本作が心に刻まれる作品になりますように。

文・咲田真菜

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この記事を書いた人

国家公務員・一般企業勤務を経てフリーランスのライターになる。高校時代に観た映画『コーラスライン』に衝撃を受け、ミュージカルファンとなり、以来30年以上舞台観劇をしている。最近はストレートプレイも積極的に観劇。さらに第一次韓流ブームから、韓流ドラマを好んで視聴。最近のお気に入りはキム・ドンウク。

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