愛月ひかるのエル・ガヨにノックアウト! ミュージカル『ファンタスティックス』観劇レポート

ミュージカル『The Fantasticks』

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2022年10月23日(日)~11月14日(月)日比谷シアタークリエにて、ミュージカル『ファンタスティックス』が上演中だ。

本作は1960年にオフブロードウェイで初演したミュージカル。2002年まで42年間上演を続け、米国におけるミュージカル最長連続上演を記録している。1992年には長年の上演に対しトニー名誉表彰を受けた。

日本でも1967年に初演。その後何度も上演されているが、このたび東宝ミュージカルの次世代を担う実力派演出家・上田一豪が新演出で本作に挑んだ。

筆者は10月25日(火)の昼公演を観劇。その模様をお伝えしたい。(以下、ネタバレあり)

劇場に入ると、一瞬でメルヘンの世界に入っていける可愛らしい舞台が目に入る。思わず「わ~」と声が出てしまい、心が踊る。先にお伝えすると、終演後にフォトタイムが設けられているので、ぜひ観劇の記念に写真を撮っていただきたい。

(C)咲田真菜

舞台上には、さまざまな小道具が設置されており、開演前にそれを見ているのが楽しい。そしてその小道具たちに紛れて生演奏を披露するバンドメンバーがいた。ピアノ、コントラバス、ドラム&パーカッション、ハープで構成されているバンドが、物語を上手い具合に音で彩っていく。ミュート(黙者)役の植田崇幸が舞台上に登場し、観客の視線が彼に注がれる。物語が始まる瞬間だ。

出演者が客席から登場し、エル・ガヨ役の愛月ひかるが本作のメインテーマともいえる「Try to Remember」を歌い、登場人物の紹介をしてスタートする。

ストーリーは、隣同士に住むマット(岡宮来夢)とルイーザ(豊原江理佳)のカップルを軸に展開。2人はお互いに愛し合っているのだが、マットの父親・ハックルビー(斎藤司)とルイーザの父・ベロミ―(今拓哉)は犬猿の仲で、2人の仲を引き裂こうと両家の間に壁を築く。それにもめげず、若い2人は壁越しに愛を育んでいる。

しかしこれは、ベロミ―とハックルビーとの作戦だった。本当はとても仲が良く、自分たちの娘と息子を結婚させたいと考えていた。しかし「親が決めた結婚なんてしたくない!」と考えている子どもたちを、何とか自分たちの思う方向に仕向けようと策を練った…というわけだ。

ベロミ―とハックルビーの企みに、怪しい流れ者のエル・ガヨ(愛月ひかる)、老俳優・ヘンリー(青山達三)、旅芸人・モーティマー(山根良顕)がからみ、ドタバタ劇が始まる。

まず、マットを演じる岡宮とルイーザを演じる豊原の爽やかなカップルが見ていて微笑ましい。岡宮は2.5次元の舞台で活躍しているが、筆者は今回が初見。柔らかで心地良い歌声には、正直驚いた。1曲1曲を丁寧に歌う姿は、とても好感が持てる。今後ミュージカル俳優として飛躍していくことを確信した。そしてそれだけではなく、頼りない青年をリアルに演じる演技力、細かいしぐさに至るまで、舞台俳優としての素養を持った人だと感心した。

ルイーザを演じる豊原は、かつてミュージカル『アニー』のアニー役を演じたこともあり、今回楽しみにしていた。期待通り、歌にダンスに大活躍。小柄だが舞台上での存在感は抜群、そして何より可愛らしい。後半ではきれいなソプラノを聴かせるシーンもあり、この人もこれからのミュージカル界を引っ張っていく存在になると感じた。

そんな2人の父親を演じる今と斎藤。今は言うまでもなく、長くミュージカル界で活躍してきたベテランだ。一方斎藤は、トレンディエンジェルとしてお笑い界で活躍しているが、歌の上手さをご存じの方も多いだろう。ミュージカル『レ・ミゼラブル』ではテナルディエ役を好演し、ミュージカル俳優としてもその名を知らしめた。

全く異なる雰囲気の2人だが、今回抜群のコンビネーションを見せてくれた。歌では美しいハーモニーを聞かせてくれ、ダンスも見事にこなす。斎藤はやや緊張しているのか、若干表情が硬いかな…と思うところもあったが、それも公演を重ねるにつれて、少しずつ解消していくだろう。

そしてもう一人のお笑い芸人、アンガールズの山根にも注目だ。旅芸人・モーティマーとして、ベテラン俳優の青山とコンビを組む。山根は初舞台とは思えないほど、リラックスした雰囲気で演じていた。アンガールズとして数々のコントを披露してきた山根だから、演技をすることに抵抗はないのだろう。ヘンリー役の青山と共に「迷コンビ」ぶりをいかんなく発揮。2人で歌を披露する場面もあり、見どころの一つだ。

そんな2人とともに、ベロミ―とハックルビーの画策に参加するのが、エル・ガヨを演じる愛月だ。宝塚歌劇団を2021年に退団してから初のミュージカル出演となる。

宝塚時代は、男役スターとして活躍してきた愛月。特に悪役を演じることに定評があったので、今回のエル・ガヨはまさに適役だ。長身に全身黒づくめでハットをかぶった姿で登場した時は「おーー!相変わらずカッコいい…」とため息をついたファンもいることだろう。

ダンディにエル・ガヨを演じるだけでなく、マットと剣で戦うシーンでは、見事な剣さばきを見せながらもマットに刺されて(正確にいうと、自分から刺されにいったのだが)倒れるシーンでは、笑いをとることも忘れていなかった。

エル・ガヨは、物語のスタートで「Try to Remember」を歌い、ストーリーテラーとしての役割も担い、なおかつすべてのキャストとからむ。非常においしい役だが、難しいところでもある。

そんな中、男役時代と同じようにダンディで渋いキャラクターでありながら、絡む相手によって違う雰囲気を出しているところがとても良い。特にモーティマーを演じる山根やヘンリーを演じる青山の、アドリブなのかどうか分からない演技を目の当たりにして、笑いをこらえる愛月がなかなか見ものだ。

昨今、宝塚で男役を演じてきた多くのOGが、退団後も中世的な雰囲気で活躍しているが「まだまだ男役として活躍する愛月を見たかった」とくすぶっていたファンにとって、今回の役はぴったりハマるのではないだろうか。そして初めて愛月を見た人は、そのカッコよさにノックアウトされる人も出てくるだろう。

上田一豪の演出は、ミュージカル初心者にも分かりやすい作りになっていた。俗にいう「突然歌い出すミュージカルは苦手」という人にとって、音楽と同じぐらい芝居のウェートが高い作品なので、違和感なく入り込んでいけるのではないだろうか。

シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』『真夏の夜の夢』のエッセンスを取り入れた、ロマンチックだけれど、ちょっとほろ苦い想いも味わえる名作。この秋おすすめの作品となりそうだ。ぜひ劇場で堪能してみてほしい。

文・咲田真菜

ミュージカル『ファンタスティックス』

■日程:2022年10月23日(日)~11月14日(月)
■会場:日比谷シアタークリエ

 ■台本・詞:トム・ジョーンズ
■音楽:ハーヴィー・シュミット
■翻訳・訳詞・演出:上田一豪

 ■出演者:
マット役:岡宮来夢
ルイーザ役:豊原江理佳
ベロミー(ルイーザの父)役:今拓哉
ハックルビー(マットの父)役:斎藤司(トレンディエンジェル)
ミュート(黙者)役:植田崇幸
ヘンリー役:青山達三
モーティマー役:山根良顕(アンガールズ)
エル・ガヨ役:愛月ひかる

■製作:東宝株式会社
■作品公式HP:https://www.tohostage.com/fantasticks/

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この記事を書いた人

国家公務員・一般企業勤務を経てフリーランスのライターになる。高校時代に観た映画『コーラスライン』に衝撃を受け、ミュージカルファンとなり、以来30年以上舞台観劇をしている。最近はストレートプレイも積極的に観劇。さらに第一次韓流ブームから、韓流ドラマを好んで視聴。最近のお気に入りはキム・ドンウク。

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