2024年10月5日(土)~13日(日)東京・サンシャイン劇場にて、ミュージカル『燃ゆる暗闇にて』が上演される。
盲学校を舞台に、とある転校生が来たことで起こる変化を軸に「幸せ」についての真意を問い、多くの人の共感を呼んだスペインの劇作家アントニオ・ブエロ・バリェホの傑作『燃ゆる暗闇にて』。
昨年、韓国ミュージカル界における名コンビ、演出のソン・ジョンワンと作曲・音楽監督のキム・ウニョンにより、新作ミュージカルとして生まれ変わり、満を持して日本版として初上陸する。2年前に戯曲版を手掛けたばかりの田中麻衣子が演出を、田中とはオフ・ブロードウェイミュージカル『Ordinary Days』以来の2作目のタッグとなる落合崇史が音楽監督を務める。
主演は、学園の中心人物・カルロス役に渡辺碧斗、転校生・イグナシオ役の佐奈宏紀と坪倉康晴のWキャストの3名が決定した。
熊谷彩春が学園のヒロインでもあるホアナ役に、ミゲリン役に日韓で活躍するコゴン、エリサ役に高槻かなこ、アンドレス役にミュージカル初挑戦となるダンス&ボーカルグループGENICの雨宮翔、アルベルト役に松村優、ロリータ役に菅原りこ、エスペランサ役に日髙麻鈴が決定した。さらに学園の校長ドニャ・ペピータ役は壮一帆が務め、華を添える。
初日に先立ちゲネプロ(公開通し稽古)と開幕直前取材会が開催されたので、その模様をお伝えしよう。
取材会には、ゲネプロ(イグナシオ役は佐奈宏紀)を終えたばかりの渡辺碧斗、佐奈宏紀、坪倉康晴、熊谷彩春、コゴン、 高槻かなこ、雨宮翔(GENIC)、松村優、菅原りこ、日髙麻鈴、壮一帆が登壇。それぞれ公演にかける意気込みを語ってくれた。
渡辺碧斗:カルロス役の渡辺碧斗です。今日はありがとうございました。今回の舞台は先生役の壮さん(壮一帆)に見守ってもらいながら、同年代のメンバーと一緒に1ヶ月間作り上げてきました。僕自身すごく支えられた部分もあるんですけど、稽古場でやってきたことをそのまま精一杯出せればいいなと思います。
佐奈宏紀:イグナシオ役の佐奈宏紀です。一筋縄ではいかない脚本にキャスト全員一丸となって立ち向かって作り上げてきました。たくさん伝えたいことがありますが、なかなか一言ではまとめられない作品だと思うので、ぜひ劇場で観て感じて何か持ち帰ってもらえたらと思います。魂、苦しみ、何から何まで燃やして、千秋楽まで突っ走っていきたいと思いますので、応援よろしくお願いいたします。
坪倉康晴:イグナシオ役の坪倉康晴です。稽古場からみんなで一丸となって作ってきました。僕自身ダブルキャストが初めてで、今回は佐奈ちゃんとイグナシオをやらせていただきます。また違ったイグナシオが2パターン見られると思いますし、作品全体の流れなど違った風景が見られると思っておりますので、 ぜひ2人のイグナシオを見ていただければと思います。最後までよろしくお願いします。
熊谷彩春:ホアナ役を務めます熊谷彩春です。今日はありがとうございました。壮さんをはじめ、素敵なキャストの皆さんと一緒に一丸となって作り上げてきたこの作品。同年代の方々が多くて、稽古後も放課後なんて言いながらみんなで残っては練習に励んだ1ヶ月だったので、ぜひ頑張ってきたものを観ていただけたらと思います。毎回毎回、一瞬一瞬、全く違う化学反応が起こるので、自分自身ドキドキを忘れないで千秋楽まで駆け抜けたら嬉しいです。
壮一帆:ドニャ・ペピータ役の壮一帆です。今回は私一人がだいぶ年上ということで、みんなを見守る先生役です。顔合わせの時から今日まで、本当に毎日毎日みんなの上がっていくボルテージだったり、技術的なことだったり、何よりもみんなが作品にかける思いというものがとても前向きで、私自身みんなに背中を押してもらうことが大変多かったような稽古場だったと思います。この勢いのまま明日からの公演、千秋楽までみんなをちゃんと愛して、いい学校の先生でありたいなと思っております。
コゴン:ミゲリン役のコゴンと申します。まず今日観に来ていただき本当にありがとうございます。今回の作品は他のキャストの皆さんと頑張って準備したので、明日からの本番、とても緊張していますよ!(キャストから笑いがおきる)最後まで自分が演じるミゲリンと他の友だちとのケミ、いろんな姿を見せる機会になれるんじゃないかなと思っておりますので、ぜひ劇場でお待ちしております。楽しみにしてください。ありがとうございます。
高槻かなこ:エリサ役の高槻かなこです。私自身初めてのミュージカルへの挑戦になり少し難しい楽曲があったりするんですけど、本当の学校の生徒たちのように一生懸命練習して取り組んできました。私たちは目が見えない生徒役ということで、舞台上では音を聞きながら頑張って演じているので、ぜひ観に来ていただいた皆さまに、私たちの姿を目と耳で焼き付けてほしいなと思っています。楽しみにしていてください。
雨宮翔:アンドレス役をやらせていただきます雨宮翔です。初日から千秋楽まで心を燃やして頑張りたいと思います。いろいろ大変なこともあったんですけども、皆さんと手を振り合いここまで一生懸命作ってきました。楽しみにしていただけたら嬉しいです。ありがとうございます。
松村優:アルベルト役の松村優です。本日はありがとうございます。この作品はすごく繊細で難しい部分もたくさんあるので、みんなとコミュニケーションを取りながらいっぱい話し合って作ってきた作品です。ひとり一人思う個性だったり、自分が思う正義だったりがどの人物もはっきりしていると思います。どの視点、誰の目線から見ても違った感覚で楽しめる作品だと思うので、ぜひいろんな人の視点でこの作品を楽しんでいただけたら面白く見てもらえるんじゃないかと思います。よろしくお願いします。
菅原りこ:ロリータ役を務めさせていただきます、菅原りこです。今日は劇場まで足を運んでくださり本当にありがとうございます。この作品はとても頭を使う作品で、私は脳みそが柔らかいほうではなくて硬いほうだと思ったので(笑)、ちょっと難しかったんですけれども…(キャストから笑いが起き、「いい感じだよ」と声がかかる) 皆さんと一緒に力を合わせて間に合ったので、麻鈴ちゃん(日髙麻鈴)ともたくさんお話をさせていただいて、頑張ってまいります。
日髙麻鈴:エスペランサ役の日髙麻鈴です。今回このカンパニーの中で私は最年少になるんですけれども、台本をいただき楽曲を聴いてから、ものすごく難易度の高いエネルギーのある、そして難解な物語だと思いました。すごくプレッシャーを感じていたんですけど、台本読みから約1ヶ月間、皆さんと稽古をさせていただく中、本当に個性豊かで優しくて温かくて、その優しさに支えられながら、私も全力で約1ヶ月間の稽古を100%で挑められたと思っています。約2週間の公演期間ではあるんですけれども、短い期間でこの物語を全力で皆さんに届けられたらいいなと思っています。最後までよろしくお願いします。
記者からイグナシオをWキャストで演じる佐奈と坪倉の違いについて、まわりのキャストがどう感じているか質問がなされた。一斉に「えー!」「なんだか怖いな…」という声が上がる中、高槻が真っ先に「坪倉さんはセクシーで、佐奈さんがワイルドだと思います」とコメント。渡辺も同様に「稽古場での印象では、坪倉さんが『柔』で佐奈さんが『剛』と感じました」と答えた。
作品の見どころを問われた壮は「今回の特色の一つとして盲学校が舞台だということがあります。この作品に携わるということになってから、改めて目の見えない方、耳の聞こえない方たちのことを考える機会がありました。実際に調べたり教えていただいたりしながら、障害を持っていらっしゃる方がどういうところに不安を感じるのかということを、この作品に携わることによって学ぶ機会を得られました。観に来てくださったお客様も、世の中に決して少なくない数の聴覚障害の方、視覚障害の方に思いを馳せる機会になったらすごくうれしいです。
本公演では、観に来てくださるお客様に対してサポートの公演(手話公演、字幕・台本サポート、舞台説明、音声ガイド)もあります。個人的に実際稽古場で手話をされている方を見た時、心の底からなんて美しい所作なんだろうって感動したんですよ。演者と同じように表情も豊かだし、体の動きも手先だけでなく、体全体で表現されています。サポート公演の日に観に来られることがあれば、手話の方にも目を向けていただけたら、この作品を倍楽しめるんじゃないかなと思っておりますので、どうぞよろしくお願いいたします」と熱く語った。
最後に渡辺から、改めてメッセージが送られた。
「盲学校が舞台になっていていますが、扱っているテーマは生きている人全員に当てはまるテーマだと思っています。観ていただいた方々が感じることはそれぞれだと思います。個人的には自分の幸せを見つめ直すきっかけになって、自分の幸せの方向性を決めたり何かを選択したりするとき、頭の中によぎる作品になればと思っています。キャスト一同、誠心誠意最後まで走り抜けていきますので、応援のほどよろしくお願いします」
ここからはゲネプロの模様をお伝えしよう。
あらすじ
「安全で自由な学校」という教育方針のドン・パブロ盲学校は、生徒たちが幸せな学校生活を送っていた。目が見えないという障害は、生活になんら影響を及ぼしていないと彼ら、彼女らは考えているのだ。生徒たちから一目おかれているカルロスと恋人のホアナを中心に、互いを思いやり秩序ある生活を送っていた。そんな中イグナシオが転校してきて学校の雰囲気が一変する。盲目であるがゆえにたくさんの生きづらさを感じているイグナシオは、ドン・パブロ盲学校の生徒たちの明るさに違和感を抱く。カルロスはイグナシオに歩み寄ろうとするが、やがて2人は激しく対立する。「幸せ」とは一体何か…。衝撃的な結末が彼らを襲う。
盲学校が舞台ということで、舞台上のセットは黒一色。目の見えない生徒たちの世界を黒で表現しているのかもしれない。それと相反するようにドン・パブロ盲学校で学ぶ生徒たちが次々と登場し、明るく楽しそうにふるまう。
生徒たちのリーダー的存在のカルロスはカリスマ性あふれる人物で、彼が登場するとまわりに人が集まってくる。それでもおごったところがなく、常に前向きで明るく思いやりがあるので、より一層みんなを惹きつける。
カルロスを演じる渡辺碧斗は、本作が本格的なミュージカル初挑戦ということだが、堂々とした演技を見せた。華やかな立ち姿が非常に舞台映えし、カリスマあふれる学校のヒーローのイメージにぴったりだ。
そんな彼に寄り添うのが、恋人のホアナだ。カルロスと同じく誰にでも優しく、生徒たちのお姉さん的存在だ。演じる熊谷はミュージカル『レ・ミゼラブル』でコゼットを演じるなど数々の作品で活躍しているだけあって、安定した歌唱を披露。カルロスとの並びも美しく、学校中の憧れのカップルというのもうなずける。
なぜドン・パブロ盲学校の生徒たちは、こんなにも楽しそうで前向きなのか。それは校長のドニャ・ペピータの徹底した教育があったからだ。「多くを望まず、与えられた世界に満足することこそ救われる」と教えられてきた彼らは、ドン・パブロ盲学校の校内であれば白杖なしで自由に闊歩できる世界に満足し、幸せを感じていたのだ。目が見えないことは何の妨げにもならない、自分たちは何でもできると自信を持っているのだ。
ドニャ・ペピータを演じる壮は、宝塚時代は爽やかな男役として人気を博したが、癖のあるドニャ・ペピータが意外にもよく似合う。悪人なのか善人なのか、つかみどころのない役を自身の中で消化し、演じているところはさすがだ。ドン・パブロ盲学校の教育理念を力強く歌い上げるシーンも迫力がある。
そんな平穏な学園に嵐を巻き起こすのが、転校生のイグナシオだ。彼の登場シーンが非常に印象的で、遠くから鳴り響く白杖の音に生徒たちは見知らぬ誰かが学園にやってきたことを知る。なぜなら、学園内に白杖を使う人はいないからだ。コツ、コツ…という白杖の音が、これから起きる不穏な出来事を示唆している。
サングラスをして白杖を手に登場したイグナシオは、ドン・パブロ盲学校の他の生徒とは違って制服が乱れ、人を寄せ付けない雰囲気を醸し出している。自らを「盲人」といい、ドン・パブロ盲学校で唯一の健常者である校長のドニャ・ペピータを「目開き」と強烈な呼び方をする彼の心の闇は深い。
心優しいカルロスが手を差し伸べようとしても、断固拒否する彼は、ドン・パブロ盲学校の生徒たちはドニャ・ペピータに騙されていると訴える。演じる佐奈は、儚く散ってしまいそうな雰囲気を持つ一方で、自分の信念と真逆をいくカルロスに対して強硬な姿勢を取る。それは取材会で渡辺が述べていた、まさに「剛」のイグナシオと言っていいかもしれない。
心優しいカルロスが手を差し伸べようとしても歩み寄らないイグナシオは、やがて学校の生徒たちに大きな影響を与えていく。イグナシオの「宿命の悲しみや、やるせなさを分かち合い、いつかの奇跡を信じることこそ救われる」という考え方に、生徒たちは次第に感化されていく。
特にイグナシオと宿舎で同部屋となるミゲリンは、大きな影響を受けていく。最初はイグナシオを拒絶していたものの、次第に一緒に行動を共にするようになり、白杖を使うようになる。ミゲリンを演じるコゴンは、イグナシオとともに歌う「前を見ること」で、驚くほどのびやかな声と声量を披露し、圧倒する。また演技の面でも前半のムードメーカーとしての明るい雰囲気から、後半は一変して悩み苦しむ姿を緩急つけて演じている。
ミゲリンの変化に戸惑いを見せるのは、恋人のエリサだ。イグナシオに傾倒していくミゲリンを必死に説得し、もとの明るいミゲリンに戻るように訴える。そんな切ない気持ちをエリサ役の高槻は、初ミュージカルとは思えない堂々とした演技でみせていた。
学校に馴染めるとは思えず、去ろうとしたイグナシオを引き留めたのは、他でもないホアナだった。そのために学園の雰囲気が一変し、恋人のミゲリンを変えてしまったことで、エリサはホアナを激しく責める。ホアナはカルロスとの間にも溝を作ってしまい、自分自身もイグナシオの影響を受けていることに戸惑いを覚え混乱していく。
カルロスとホアナを除いた全員が、白杖を使うようになり、学園の中心人物はイグナシオになっていった。これまでカリスマとして尊敬されていたカルロスは片隅に追いやられるが、ここでもホアナはカルロスに優しく寄り添う。残酷な言い方になってしまうが、ホアナの優しさが、知らず知らずのうちに、いろいろな人を傷つけているように見える。
カルロスとイグナシオは完全に対立し、カルロスはもとの学校の雰囲気に戻そうと、イグナシオに対して戦いを挑んでいく。その対立構造が、思わぬ悲劇を生み、衝撃的な結末を迎えることになる。
影響力のある人物に揺れてしまう思春期の少年・少女たちの葛藤を、ロックなテイストの曲で綴っていく本作。楽曲は20曲以上にのぼり、どれも聴きごたえがある。昨年韓国で上演され「幸せとは何か」を問いかけ心を揺さぶった作品の日本版も、私たちに大きな何かを投げかけてくる。
イグナシオに感化されていくアンドレス役の雨宮、アルベルト役の松村、ロリータ役の菅原、エスペランサ役の日髙もそれぞれの持ち味を発揮し、白熱した舞台を作り上げている。ぜひ出演者のひとり一人の歌と演技にも注目したい。公演は、東京・サンシャイン劇場で10月13日(日)まで。上演時間は2時間12分(途中15分の休憩あり)。
取材・文・撮影:咲田真菜
ミュージカル『燃ゆる暗闇にて』公演概要
日程・会場:2024年10月5日(土)~10月13日(日)サンシャイン劇場
料金:S席:11,000円(税込)A席:9,000円(税込)U-18チケット:6,000円(税込)
In The Burning Darkness
Original Script by Antonio Buero Vallejo
Book & Lyrics by Sung Jong Wan
Music by Kim Eun Young
演出:田中麻衣子
音楽監督:落合崇史
翻訳:吉田衣里
上演台本・訳詞:オノマリコ
出演:渡辺碧斗/佐奈宏紀・坪倉康晴(Wキャスト)/熊谷彩春
コゴン 高槻かなこ/雨宮翔(GENIC) 松村優 菅原りこ 日髙麻鈴/壮一帆
公式HP: https://musical-moyuru-kurayami.jp/