隣にいる人は何者なのか? 上野樹里・林遣都が演じる異色のミステリーロマンス映画『隣人X -疑惑の彼女-』

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2023年12月1日(金)より、映画『隣人X -疑惑の彼女-』が、新宿ピカデリー 他で全国ロードショーされる。

本作の原作は、第14回小説現代長編新人賞を受賞したバリュスあや子の小説『隣人X』。Xではないかと疑われる女性・良子を、7年ぶりの映画主演となる上野樹里が、正体を探ろうと良子に近づく週刊誌記者・笹を林遣都が演じる。

物語は、日本政府が紛争により故郷を追われた惑星難民Xの受け入れを表明するところから始まる。人間の姿をそっくりコピーし、日常生活に紛れ込んだX。人間を害することは本能的にできないとされているが、どこにいるのか、誰がXなのかが分からない状況に、人々の不安が広がっていく……。

静と動、上野樹里と林遣都の対照的な表情に注目

 上野が演じる良子は、大手企業を退職し、コンビニ店員と宝くじ売り場の売り子のバイトを掛け持ちしながら一人静かに暮らしている女性。週刊誌記者・笹から強引なアプローチを受け、戸惑いながらも、少しずつ笹を受け入れ距離を縮めていく。

 今年舞台化された『のだめカンタービレ』やCMなどで見せる、はじけるような明るい笑顔は本作では見られない。不信や不安はもちろん、楽しい、嬉しいといった感情もすべて「静けさ」の中にあるような演技からは、落ち着いた大人の女性を感じると同時に、どこか底知れない印象も受ける。

 笹は良子に対してX疑惑持っていることを隠してアプローチしていくが、実はすべて知った上で笹に付き合っているようにも見えてしまう。巧みな演出と相まって、良子の何気ないしぐさや言葉、表情の一つ一つに、何か別の意味が込められているようで、目が離せなくなる。

 一方、林が演じる笹は対照的だ。正体を探るためにX疑惑の出た良子に近づいたものの、Xの特徴とされる情報は信ぴょう性が曖昧で、なかなか確証を得られない。記者として成果を上げなければならない焦り、次第に本当の好意を抱き始めた良子への罪悪感、消すことができない良子に対するX疑惑の間で、笹は次第に追い詰められていく。不可解な現象におびえたり、罪悪感に一人泣いたり……。

 心の揺れ動くさまが明確に描かれる笹に対して、良子には心情を言葉や態度に表す場面が少ない。その分、感情がダイレクトに伝わってくる笹の視点に同調してしまう。落ち着かない目の動きやこわばった笑顔、不安と焦り、怒りと悲しみが入り混じった表情に、見ている方まで苦しくなってくる。

 笹の状況はどんどん厳しいものになっていく。介護施設に入所している祖母の施設利用料滞納が続いていて、退所を勧告されてしまう。編集長からは1週間以内にXの証拠を出せと迫られる。焦りや不安がピークに達したとき、笹はある不可解な体験する。その体験を通して、良子の父親こそがXではないかと確信した笹は、ある行動を起こす。笹がとった記者としての行動が、良子の静かな日常を、そして笹自身の状況も大きく変えていくことになる。

理解されない苦しみを演じるもう一組の男女

 良子と笹の物語と同時進行で、もう一組の男女の物語が展開していく。それが、良子のコンビニバイトの同僚であり、良子同様X疑惑がかかっている台湾人留学生、リン・イレン(通称レン)とバンドマン拓真だ。台湾人と日本人いう国籍の違いを乗り越え、片言の日本語で気持ちを通い合わせていく2人を、台湾の実力派俳優ファン・ベイチャ野村周平が演じている。

 日本の大学への進学を目標に、日本語学校で学ぶレン。生活のためにコンビニと居酒屋のアルバイトを掛け持ちしているため、勉強時間が十分とれず、日本語はなかなか上達しない。居酒屋でのアルバイト中、困ったことがあると度々かばってくれる同僚の拓真に魅かれ、付き合うようになるが、拓真のバンド仲間との飲み会に参加したレンは、そこでも日本語が話せないことで苦しむことになる。

 コミュニケーションがうまく取れず、理解されない悲しさや苦しさ、いらだちを拓真に吐露するレン。日本社会で生活しながら、受け入れられない自分を感じ、疎外感を抱えているレンの叫びに、自分自身の何気ない言葉や表情の中に、外国人に対する無意識の偏見や偏見が混じっていないか、誰かを苦しめていないか考えさせられる。

 また、レンにX疑惑がかけられていることを考えると、台湾人留学生レンの叫びは、日本人として受け入れてもらえない惑星難民Xとしての叫びとも受け取れて、疑惑が深まる。

自分と異なる存在をどう受け止めるか

 笹の所属する編集部にはXの特徴とされる情報が次々と集まってくるが、どれも曖昧なものばかりで、「誰がXなのか」以前に「そもそもXがどんな存在なのか」もよくわからない。笹がXではないかと疑う人物は、良子とレン、そして良子の父親の3人だが、登場人物全員にXである可能性があるように思えてくる。Xであることを証明する方法、Xではないとの証明になるものがはっきりしないため、疑いだしたらきりがないのだ。

 「誰がXなのか」「そもそもXとはどんな存在なのか」ではなく「自分とは異なる存在をどう受け止めるのか」。本作では、それが問われているような気がする。

 「他の惑星」から来た難民であるXは、かなり異なる存在だが、例えば外国から来た難民・移民、留学生も日本人・日本社会においては、異なる存在になる。異なる存在を身近に感じたとき、自分だったらどんな反応をするだろうか。怖さを感じて遠ざけるのか、面倒くさいと無視するのか、理解しようと向き合うのか。

 Xなのかどうか探るためとはいえ、笹は良子を知ろうとしていた。知ろうとして向き合い、知っていくことで、良子自身に魅かれていった。その結果、Xであるかもしれない、自分とは異質の存在であるかもしれないにも関わらず、大切だと思えるほどの存在ができた。笹がその大切な存在に気付き、そして大切にできたかどうかは別として……。

 ただ、異質な存在を遠ざけ、無視していたら、大切なものに気付く機会すら逃してしまうことになるかもしれない。そんなことを考えるきっかけになる作品になっている。

 とはいえ、あの人もこの人もXに見えてくるような演出が満載なのだから、「誰がXなのか」を探らずに本作を見ることもできないだろう。X探しを楽しむ観客にも、しっかり答えは用意されている。果たして誰がXなのか、最後までスクリーンから目を離さないように。

文:春木 光

『隣人X -疑惑の彼女-』

2023年12月1日(金)新宿ピカデリー 他全国ロードショー

出演:上野樹里 林 遣都
           黃 姵 嘉 野村周平 川瀬陽太/嶋田久作/原日出子  バカリズム 酒向 芳
監督・脚本・編集:熊澤尚人
原作:パリュスあや子「隣人X」(講談社文庫) 音楽:成田 旬

主題歌:chilldspot「キラーワード」(PONY CANYON / RECA Records)
配給:ハピネットファントム・スタジオ
制作プロダクション:AMGエンタテインメント 
制作協力:アミューズメントメディア総合学院
(C)2023 映画「隣人X 疑惑の彼女」製作委員会 ©パリュスあや子/講談社

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