気鋭の劇作家・演出家である台湾の王嘉明(ワン·チャミン)と日本のタニノクロウによる共同戯曲・演出の新作公演『誠實浴池 せいじつよくじょう』が、2025年9月21日(日)豊岡公演を皮切りに富山、東京で上演される。
ヨーロッパを中心とする国際舞台芸術祭で注目されている王とタニノ。台湾と日本、ふたつの国の個性豊かで実力ある俳優たちと共に、不思議な物語が誕生した。
出演は、日本から片桐はいり、金子清文、藤丸千、台湾からFa、楊迦恩 (ヤン·ジャエン)、崔台鎬 (ツゥエ·タイハウ)、陳以恩 (チェン·イーエン)、洪佩瑜 (ホン·ペイユー)。
あらすじ
海辺に佇む廃業した銭湯。かつては賑わっていたこの場所も、今ではひび割れたタイルや水草が生い茂る、時間に取り残された空間となっている。そこには、数人の女性たちが住み着き、夜になると、彼女たちのもとを訪れる男たちが現れる。彼らはそれぞれ、心に深い傷や欲望を抱えており、この場所で何かを求めている。やがて、彼らの内面に潜む「誠実な欲望」が露わになり、観客はその複雑な感情の渦に引き込まれていく…。
このたび本作で重要な役どころを演じる片桐はいりさんにインタビューする機会に恵まれた。昨年台湾で公演を行った際のエピソードや、日本公演にかける意気込みについて語ってくださった。
ーー本作は2024年の4月に台湾で上演されました。台湾公演はいかがでしたか?
台湾公演は2024年4月でしたが、ちょうどその時、台湾で大きな地震が起きました。台北を直撃した地震ではなかったですが、毎日揺れる中での公演だったのでドキドキしていました。
台北へ行かれたことがある方はご存じかもしれませんが、中正紀念堂という巨大な施設があります。そこにすごく大きい劇場があるのですが、そこで公演ができるということで、これは絶対やってみたいと今作に参加させていただきました。
公演を行った劇場は1500席ほどありましたが、チケットはすぐに売り切れたようで、これは(作・演出を手掛けている)王嘉明さんの「Shakespeare’s Wild Sisters Group」とタニノさんの「庭劇団ペニノ」が台湾で人気のある劇団だからだと思います。
客席は遠くてあまりよく見えなかったのですが、カーテンコールの時の歓声を聞いていると、わりと若い方がいらっしゃったような印象があります。「イエーイ!」みたいな笑い声が起こっていましたので、台湾の人たちはこんな風に盛り上がるんだと思いながら、公演を行いました。
この作品は日本から3人、台湾からは5人のキャストが出演して、お互いの国の言葉で会話し、少しファンタジーな雰囲気があります。国際演劇フェスティバルということで、英語・台湾華語、日本語の3カ国語の字幕で行いました。台湾の現地の言葉もあったので、実際にはいろいろな言葉が入り混じる作品でした。
字幕であるにも関わらず、お客さんが反応してくださることにびっくりしました。日本だったら小難しいお芝居だと、笑って入り込んでいこうとはなかなか思わないじゃないですか。笑い声が起こることは想像していませんでしたし、お客さんたちが盛り上がってくださったので、俳優たちの気持ちも上がったと思います。
ーー日本公演に向けて、今どのようなお気持ちですか?
「日本の人たちが得体の知れないものを受け止める時の底力を、ちょっと見せてもらおうか」という想いがありますが、実はとても不安です。この作品は、そんなに簡単に受け入れてもらえないのではないか…と、つい思ってしまいます。
ーー片桐さんが演じられるのは「女1」というキャラクターです。演じるにあたって注力したところは何でしょうか?
日本で上演するにあたり、もう一回せりふを覚え直していますが、台湾公演では抽象的に演じてしまったな…と思っています。巨大なホールでマイクを使ってお芝居することにあまり慣れていな かったからです。
字幕がついているし、万が一違うことを言ったり、全く声が出ていなかったりしてもお客様に通じるはずなので、信じて演じればよかったと今は思っています。わりとせりふをきちんと言う演技をしたためか、私が演じたキャラクターが抽象的になってしまったと感じました。
ただ、逆に日本では発想できなかった役作りができたので、これはこれで面白い作り方をしたと思っています。日本の俳優さんとの会話だったら、とても成り立たない芝居でしたからね。
ーー台湾と日本のキャストがそれぞれの言葉で会話するのは、とても難しいと感じます。実際はどうでしたか?
今回のような公演は何回か経験がありますが、相手の言葉が意味としてバーンときませんから、 難しいものがありました。
そんな中、台湾華語は簡単な言葉なら分かるので「この単語がきたらすぐ終わるぞ」とか「最後がラーってきたら終わりだから、次に私がせりふを言えばいい」みたいな感じでした。
ただ、台湾のキャストとはそれなりに通じるものがありました。例えば台湾のキャストもせりふを飛ばすなど、たまに間違えることがあったんです。言葉は分からなくても何か感じるものがあるので、なんとなく対応できました。
ーー日本と台湾のキャストが共演するということで、稽古場の雰囲気はどんな感じでしたか?
台湾キャストの方たちは、いつも一緒に芝居をしている方たちだったので、みんな仲良しという雰囲気がありました。台湾キャストの半分は、ほぼ日本語が通じたので、大体の会話ができましたね。
日本語を話せる方たちが「ご飯食べに行きませんか? 美味しいところに連れてきますよ」と言ってくださいました。本当にいっぱい連れて行っていただきましたね。食べて、帰ってきた…みたいな お稽古でした。
台湾のキャストがあまりにも優しくて普通の雰囲気がある方々だったので「1500席が売り切れるなんて、すごいですね」と言ったら、「僕たち、台湾ではそれなりに有名なんです」っておっしゃっていました(笑)。
ーー(笑)。それはとても面白いエピソードですね。
「バスで帰るから一緒に帰ろう」とか「バイクに乗ってきたから先に帰るね」とか、本当に普通の感じの方々なんですよ。
心配なのは、台湾のキャストが日本にいらっしゃったときに、私たち日本のキャストが同じことができるかということです。台湾でアテンドしていただくたびに、日本のキャスト同士で「私たちはこれと同じことを日本でできるだろうか…」「日本でこんなに安くて美味しい店は知らないし…」と話していました。富山公演は(作・演出の)タニノさんの地元なのでおまかせしようと思っています。
ーーすごく楽しい雰囲気だったのですね。
バタバタしたり地震があったりしてスリリングな公演でしたが、皆さんはゆったりとした雰囲気があったし、泰然とされていました。
私たち日本のキャストは、言葉の問題があるのでどこまで準備が進んでいるとかわからないんです。衣装も「まるで違うじゃない」となったことがあったんですけど、次の日にきちんとそろっていました。そういうスリルもありましたね。
そして王さんに対する皆さんの信頼感をすごく感じました。「王さんは絶対おもしろくしてくれる。大丈夫です。信頼してください」と言ってくだったことが印象に残りました。
ーー演出は王嘉明さんとタニノさんがお二人で手がけていらっしゃいます。どんな感じで進められたんですか?
最初はどうなるんだろうと思いましたが、無言のうちに役割分担ができているみたいでした。言葉が通じない者同士がうまくいくわけないよね…と、まわりのみんなは思っていたと思うんです。でもすごく上手くいって、例えるならまるでドラえもんとのび太のようでしたね。
王さんがのび太のように「こんなものができたらいいな」と考えたことに対して、ドラえもんのタニノさんが一生懸命考えて実現する…みたいな感じでした。
「そんなのどうやってやるの?」と言いたくなるような夢みたいなことを王さんが言ったら「きっとこうしたいに違いない」とタニノさんが王さんの気持ちをきちんと組み取っていました。すごくいいコンビだと思います。
ーーこの作品は、先ほど片桐さんがおっしゃったようなファンタジーの部分があって、ちょっと切ない気持ちになりますね。
そうですね。タニノさんは戦争の話にするつもりはなかったとおっしゃっていましたが、王さんによってぶわーっと膨らんでいきました。反戦の話ではありませんが、台湾の方たちにとって戦争はすごく切実な問題なんだろうと感じました。日本から参加している人間としては、全然捉え方が違うと思いました。日本で上演したら、皆さんがどう思われるのかな…と感じます。
戦争という視点だけじゃなく、公演中は国の違いを感じたこともありました。台湾で地震が起こった時に、ちょっと悲しいと思った出来事があったんです。台湾のニュース番組を見ても言葉が分からないので、何を報道しているか分からないじゃないですか。ですので、インターネットで日本の ニュースを探して、台湾の地震がどのように報道されているか、確認しました。
その際、台湾の地震の影響で、沖縄に津波がくるかもしれないと報じていました。そんな中、ゴー デンウィークの観光シーズンに、よその国の地震でこんな目にあうなんて…というニュアンスで報 道しているニュースがありました。それを見た時は、少し泣きそうになりましたね。私も日本にいたらそういう風に思ったかもしれないけれど、海の底は繋がってるのにな…と悲しい気持ちになったんです。
ーー作品を通じて日本の観客にどういったことを伝えたいですか?
この作品は、台湾の問題や物語の最後に台湾の民族衣装みたいな恰好をして踊るシーンがあります。それは日本の方にとって、あまりよくわからないことかもしれません。でも私は、よく分からないもの、得体の知れないものを見ることは嫌いじゃないし楽しいと感じています。この作品から「こういうことを受け取ってください」というのではなく、すごく大きなはてなマークをお持ち帰りになっていただいて、そのはてなマークを大事にしていただきたいです。作品を通じて、台湾という国や人々のいろいろな一面が見えてくると思います。楽しんでいただけたら嬉しいです。
取材・文:咲田真菜
英語タイトル The Bathhouse of Honest Desires
作・演出:王嘉明・タニノクロウ
出演:
片桐はいり、金子清文、藤丸千(日本)
Fa、楊迦恩 (ヤン·ジャエン)、崔台鎬 (ツゥエ·タイハウ)、陳以恩 (チェン·イーエン)、洪佩瑜 (ホ ン·ペイユー)(台湾)
【豊岡公演】豊岡演劇祭2025/城崎国際アートセンターAIRプログラム2025/26
公演日程:2025年9月21日(日)19時、22日(月)14時
会場:城崎国際アートセンター
【富山公演】
公演日程:2025年9月27日(土)13時、28日(日)13時
会場:オーバード・ホール 中ホール
【東京公演】舞台芸術祭「秋の隕石2025東京」
公演日程:2025年10月3日(金)19:30/ 10月4日 (土) 16:00 /10月5 日(日)13:30
会場:東京芸術劇場 プレイハウス
上演言語:日本語・中国語(繁体字)
※日本語・中国語(繁体字)・英語字幕付き
※未就学児はご入場いただけません
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