2025年2月16日(日)東急シアターオーブにてミュージカル『ケイン&アベル』が千秋楽を迎えた。
本作は、イギリスの国民的作家ジェフリー・アーチャーのベストセラー小説を原作とした世界初演のオリジナル・ミュージカル。1970年に帝劇で生まれ、1972年にロンドンでのライセンス上演を成し遂げた、マーガレット・ミッチェルの小説「風と共に去りぬ」の世界で初めてのミュージカル化作品『スカーレット』と同様に、東宝が名作小説の世界初のミュージカル化に挑んだものだ。脚本・演出は、『ニュー・ブレイン』(2009年シアタークリエ)、『ザ・ミュージック・マン』(2023年日生劇場)の日本版演出を手掛けたダニエル・ゴールドスタインが務める。
筆者は、2月14日(金)の公演を観劇。その際の感想を少し辛口で述べたいと思う。
(以下、ネタバレあり)
幕が開いてすぐさま、アンサンブルのレベルの高さに驚かされる。筆者の座席は3階の最後列。だが、舞台からの遠さをまったく感じさせない歌唱、ダンス。振り付け、フォーメーションにも目を奪われる。
物語が進展するにつれて、俳優陣の確かな実力も実感することになる。紙幅の都合上、すべての出演者に対して個別に賛辞を送ることができないのが残念だ。
ケイン役の松下洸平。映像作品を中心に人気の俳優が、集客のためにキャスティングされたのだろう…という意地悪な先入観を吹き飛ばす好演だった。技術的に歌唱力が高いかと言うと、それは少し違うのかもしれない。だが、それを十分に補う別の何かが、この人の歌にはあった。そして、名家育ちの洗練された青年にふさわしい、美しい身のこなし。百戦錬磨のミュージカル俳優たちと同じ舞台に立っても何ら遜色なしと感じた。
アベル役の松下優也。貧困と度重なる困難を乗り越えてきた、ポーランド生まれの移民の青年が持つ爆発的なエネルギーを見事に体現していた。移民船で知り合った親友のジョージと手を取り合い、ステップアップしていくポジティブなパワーが観る者の心を踊らせる。ボーカル&ダンスグループでの活動で培った歌とダンスの実力に加えて、明るく華やかな存在感と表現力も持ち合わせていることを存分に証明していた。
ケインとアベルが対立する一幕ラストの曲はしびれるような仕上がりで、スタンディングオベーションしたいほどだったが、大きな問題がひとつあった。
ケインとアベルがこれほど対立しなければならなかった理由に、納得できていなかったのだ。
そこで筆者は幕間にネットで検索し、両者の対立に関する説得力のある理由を求めた。しかしながら、「ケインに融資を断られたことを機に、アベルはケインに対して復讐を決意する」という事実が分かるのみ。さすがにそれくらいは観劇中に把握できていた。だが、融資を断った相手にいちいち復讐されていたら、銀行家はいくら命があっても足りない。たしかに、融資の打ち切りを苦にしてホテル経営者のリロイが非業の死を遂げたことは大きな悲劇だったが、大恐慌時のアメリカという、すべての人にとって厳しい状況の中、一銀行家を恨むのはお門違いではないか。
二人の間には、きっともっと深い事情があるはず。だが、それが分からぬまま、二幕が始まる。結局、最後まで、家族までをも巻き込んだ敵対の理由に納得できずじまい。
最終的に年老いた二人(下手にケイン、上手にアベル)が歌いあげる「♪なぜ私たちはこんなにいがみあわなければならなかったのか~」的なデュエットを聴きながら、筆者の心の中では「それをこっちが聞きたいんじゃー!!!」という自身の叫びがこだまする。そして、一昔前のドラマで見かけた、町内会の爺さん同士の不毛ないがみ合いの様子が脳裏をよぎる。
原作であるジェフリー・アーチャーの小説を読んでいれば、憎み合い二人の思いをすんなりと受け入れられたのかもしれない。原作を未読の筆者は、勉強不足なのかもしれない。しかし一観客として、原作を読了したうえでの観劇を期待されたくはない。
他にも、アベルの娘、フロレンティナ(演:咲妃みゆ)に狂言回しの役割を担わせるという手法のせいで説明的で平坦な展開になっていたことや、「謎の投資家」がケインであることがアベルにも容易に分かってしまう設定になっていたことなど、脚本に関して疑問符が付く部分が散見された。
観劇後は、ハイレベルな演者たちの素晴らしいパフォーマンスそのものによる感動と、つっこみどころの多い脚本ゆえに作品に浸りきれなかったというフラストレーションが尾を引くこととなった。
改善を加えたうえでの再演を望むと言うよりは、W松下の華麗なる共演を別の作品で観てみたいというのが、今の本音である。
本作は、2月23日(日)~3月2日(日)大阪・新歌舞伎座にて上演される。脚本に関するモヤモヤはあるものの、これから観劇する方は、演者たちのパフォーマンスには大いに期待して劇場に足を運んでほしい。
文・CS Toca
ミュージカル『ケイン&アベル』公演概要
日程・会場:
2025年1月22日(水)~2月16日(日) 東京・東急シアターオーブ(公演終了)
2025年2月23日(日)~3月2日(日) 大阪・新歌舞伎座
出演:
松下洸平 松下優也
咲妃みゆ 知念里奈 愛加あゆ 上川一哉
植原卓也 竹内將人 今拓哉 益岡徹
山口祐一郎
原作:ジェフリー・アーチャー
音楽:フランク・ワイルドホーン 歌詞:ネイサン・タイセン
編曲:ジェイソン・ハウランド
振付:ジェニファー・ウェーバー
脚本・演出:ダニエル・ゴールドスタイン
プロデューサー:仁平知世・田中利尚(東宝)
アソシエイト・エグゼクティブ・プロデューサー:北牧裕幸(キューブ)
エグゼクティブ・プロデューサー:池田篤郎(東宝)
製作:東宝/キューブ