8月21日(水)から8月25日(日)に新橋演舞場で上演されていた舞台『ブラックorホワイト?あなたの上司訴えます』を観た。佐藤アツヒロが新橋演舞場で初主演するということで話題になった作品。制作発表記者会見も取材したのだが、そこで佐藤は「お仕事コメディーです!」と強調していたので、きっとドタバタコメディーなんだろうなと思っていたが、意外にといっては失礼だけれど、ストーリー性がしっかりしたとても良い作品だった。
リフォーム会社に勤務するエリートサラリーマン・倫太郎(佐藤アツヒロ)が、かつて憧れていた先輩・久保田(羽場裕一)が部下からパワハラで訴えられたことで、無実を晴らすべく先輩が所長を務める営業所へアルバイトとして潜入捜査をする。倫太郎は立場を隠し、ダメダメアルバイトとしてふるまいながら、社員たちに聞き取り調査を進めていく。
登場人物は倫太郎のほかに部下の中本(内博貴)、営業所のメンバーとしてベテラン社員春山(八十田勇一)、小松(愛原実花)、蕪木(斎藤優里)、そしてフリーランスインテリアデザイナーの大徳寺(真琴つばさ)。それぞれの立場で発言をするのだが、本音をなかなか出さない営業所のメンバーに倫太郎は戸惑いを隠さない。そこに一人のクレーマー客(福田転球)が登場することで、物語が動いていく。
作・演出は藤井清美が手掛けているのだが、登場する人たちの人物描写がとてもしっかりしている。例えば今回、パワハラで上司を訴えた若手社員は登場しないのだが、どういう人物なのかしっかりとした説明がされているのでイメージしやすい。世代や立場が違う人たちが、各々の事情で本音と建て前を使い分けている姿を見ると、自然に自分の姿と重ねてしまう。働いた経験がある人なら絶対に登場人物の誰かに感情移入ができるだろう。
それにしてもパワハラで訴えられた久保田と同世代の筆者としては、働きづらい世の中になったなあと実感する。おそらく久保田の若い頃は、ともすればパワハラになってしまうかもしれない上司からの叱咤激励は日常茶飯事だったと思う。同じ調子で若手を指導すると、とたんに訴えられてしまうとは……。定年が見えてきた50代のサラリーマンが抱える悲哀をうまく表現していたと思う。筆者が一番感情移入したのは、久保田かもしれない。いや、フリーランスとしての大変さを語った大徳寺かな……?
もちろん、何事もなくことを進めていきたいベテラン社員の春山や、上司から指示をされたら何でもこなしてしまう中堅社員の小松、家庭を第一に考えて仕事はそこそこにしたいシングルマザーの蕪木の言い分ももっとも。登場人物が繰り広げる会話劇にどんどん引き込まれていく芝居だった。
肝心の倫太郎と中本は、営業所の人たちとは一線を画しているが、エリートサラリーマンとダメアルバイトを演じ分けている倫太郎はクスッと笑えるし、本社勤務の社員ということで営業所の人たちからダメアルバイトの倫太郎を叱ってくれと言われた時のオロオロした中本の態度は笑える。信頼関係で結ばれている二人だが、終盤には中本が意外な言葉を倫太郎に発するところが、この物語のキーポイントとなる。
もちろんお仕事コメディーらしいドタバタも随所に盛り込まれている。そうしたシーンがありつつも、結構胸にしみるせりふがあるので観たあとの満足感はかなり高い。
最終的にこのパワハラ騒動はどう決着するのか。気になるところだが、ベテランも若手もおそらく「そうだよね」と納得できる結末になっていると思う。働くことの意味をもう一度考えさせれる良い作品に出合えたなあと感じた。本作品は、8月31日(土)に名古屋・御園座で初日を迎える。その後、北海道、石川、富山、大阪と上演が予定されているので、ぜひ劇場に足を運んでみてほしい。