2025年11月15日(土)世田谷パブリックシアターにて、舞台『シッダールタ』が開幕した。
本作は、世田谷パブリックシアター芸術監督・白井晃による2025年のメインプログラムとして、ノーベル文学賞受賞作家であるドイツの作家ヘルマン・ヘッセの最高傑作「シッダールタ」を舞台化。劇作家・長田育恵が、「シッダールタ」の壮大な世界観をベースに、作家自身の思索も補助線として、現代を映す舞台へと昇華。白井と長田の初タッグに加え、音楽は世界の名だたるアーティストと創作を共にし活躍を続ける作曲家・三宅純により、極めて不安定な世界情勢の中、情報の氾濫、価値観の変容、哲学の喪失によって混沌とした世界の中で、宗教とは何か、他者とは何か、そして、個のアイデンティティとは何かを作品を通して映し出す。平和主義を唱えたヘッセが「シッダールタ」で何を伝えようとしたのか。
主人公シッダールタを演じるのは、草彅剛。白井とは2018年の『バリーターク』、2020年・2021年(再演)の『アルトゥロ・ウイの興隆』に続いて3作目のタッグとなる。
シッダールタの生涯の友となるゴーヴィンダ役は杉野遥亮、シッダールタと深い関係で結ばれるカマラー役は瀧内公美、男の友人・デーミアン役は鈴木仁、シッダールタの息子役は中沢元紀、シッダールタの父は松澤一之、シッダールタに商売を教える商人のカーマスワーミ役は有川マコト、そして古代インドの大河の渡し守ヴァスデーヴァ役はノゾエ征爾が務めた。
ストーリー
ひとりの男(草彅剛)が、世界の混沌の中で自身を見失い佇んでいる。友人のデーミアン(鈴木仁)は行動を促すが、彼は歩き出す道を見出せない。同僚のエヴァ(瀧内公美)の支えを受けながら思索の森に足を踏み入れ、やがて彼はシッダールタとなる。
古代インドに生まれたシッダールタ(草彅剛)は、最高位のバラモン階級の子として生きている。その生活に疑問を抱き、より深い叡智を求めて、家を飛び出す。シッダールタについてきたのは、彼に魅了されている青年ゴーヴィンダ(杉野遥亮)ただひとりだった。しかしシッダールタは、修行の意味に疑問を抱き、修行の道を突き進むゴーヴィンダとも袂を分かち、俗世に下野する。やがてシッダールタは、美貌と知性と教養で確固たる地位を築いた高級娼婦・カマラー(瀧内公美)と出会い、性愛による快楽を体験する。
さらには商売で富を得ることで、所有欲を満たす経験を覚えるが、それでも本質が満たされることはなく苦悩する。やがて彼は川で渡し守のヴァスデーヴァ(ノゾエ征爾)と出会い、彼の世界観に導かれていく。川の流れの中、シッダールタは別れたカマラー、自らの息子(中沢元紀)、かつて袂を分かったゴーヴィンダらと再会を果たし、自らにさらに深く問いかける。出会いと別れを繰り返し、この世界に絶望し、人生に迷っていたシッダールタが、悟りの境地にたどり着いた時に見えた景色とは―。その音とは―。
開幕に先立ち開催されたゲネプロを取材した。
舞台は静かに始まり、静かに終わる。だが、主人公・シッダールタの人生は、波乱万丈だ。
古代インドの支配階級であるバラモンの生まれで、不自由のない生活をしていたものの、家を出て苦行者になることを自ら決断。修行に没頭するも、修行の意味に疑問を抱き、俗世間で暮らし始める。高級娼婦と出逢い性愛による快楽を知り、商売に成功して豪奢な生活も知るが、それでも満たされることはなく…と、ありとあらゆる体験をしながらも、なかなか「これだ」というものを掴むことができないのだ。
原作はノーベル賞受賞作家ヘルマン・ヘッセの、約100年前に出版された小説。この原作に現代社会を投影し、不安だらけの世界の中で私たちはどう生きるのかを問う舞台だ。ともすれば難解であると敬遠されかねないテーマだが、演出家・白井晃の思いをしかと受け止めた劇作家・長田育恵が、さすがの腕を発揮した。「シッダールタ」「デーミアン」という2冊の原作の核心を落とし込みつつ、現代人が感情移入できる要素をごく自然に取り入れ、観客を置き去りにすることがない。
白井演出作品の大きな魅力のひとつは、舞台上に登場する全員(そしておそらく、作品に携わる全員)が確かな実力を備えており、それゆえ安心して観劇できることだと、筆者は思っている。たった一人の「役者」(芸能界の大きな力によって配役されたのであろうことが素人目にも明らかな「役者」)のせいで、観劇後の気分が台無しになることはない、という信頼感がある。嬉しいことに、本作品も例外ではなかった。総じて高水準な出演者陣の中から絞り込むのは心苦しいが、とりわけ印象的だった3人について書いておきたい。
1人目は、主人公を演じる草彅剛。
シッダールタは、精神的にも身体的にも相当な負荷がかかる役なのだろうと推察されるが、それをいともたやすくやってのけているかのように見えるこの人は、一体何者なのか。草彅と言えば、あの独特な、少しとぼけたような台詞回しが良くも悪くも印象的だ。しかし本作品に関しては、従来の「らしさ」は皆無。自分自身を空っぽにし、草彅剛という器にシッダールタを注ぎ込んだのだろう。「きっと今回も、あの話し方なんだろうな…」と決めつけていた自分が恥ずかしい。この場を借りて草彅氏に謝罪したい。
2人目は、シッダールタの息子を演じる中沢元紀。
作品の終盤に初めて登場し、出演時間はわずかだったものの、その颯爽とした存在感は格別だった。裕福な暮らしを自ら捨てた父親に対する反発。母親が高級娼婦だったという事実に対する複雑な思い。あふれるエネルギーを持て余しながら、年老いた父親と対峙する若者の苦悩を、中沢は巧みに表現していた。
3人目は、ダンサーの渡辺はるか。
本作品では、ダンサー陣が野生の動物を演じる場面が複数登場する。中でも、野生のシカ(…に見える) を演じた渡辺の演技には、目を見張るものがあった。バラモン階級の若者の弓で射られ、もだえ苦しみ、息絶える。その一連の演技によって、舞台上は古代インドの空気感で満たされ、観客の集中力は一気に高まった。これから観劇を予定している人にはぜひ、まばたきを最小限に抑えて刮目してほしい。
取材・文:CS Toca
撮影・編集:咲田真菜
白井晃(演出)
100年前のヘルマン・ヘッセの小説「シッダールタ」を現代社会を投影した作品にしたいと言う思いでここまで創作してきました。主人公・シッダールタは、今を生きる私たちの姿そのものだと思います。草彅さんの驚異的な集中力から生まれる表現は、私たちの心を捉えて離さない力強さに満ちています。この作品に関わったすべての俳優、ダンサーの献身的な努力により、想像力をかき立てる舞台芸術ならではの作品になったと確信しています。この混沌とした世界の中で私たちはどう生きていけば良いのか。草彅さん演じるシッダールタの静かなる叫びに耳をすませていただけると幸いです。
長田育恵(作)
ヘルマン・ヘッセの原作と向き合い、白井晃さんから炎を受け取り、作劇に挑みました。舞台『シッダールタ』、いよいよ開幕いたします。100年前に書かれたこの物語は、人間の普遍的な悩みに満ち、現代の苦悩をも内包しています。だからこそ今、シッダールタが語るひとつひとつの言葉が、私たちの心を照らすのです。演劇が果たすべき究極の役目は、人が生きていく上で核心となるような、シンプルで、強く、美しいものを手渡すこと。本作は、最高の座組で、その至高に挑みます。草彅さん演じるシッダールタの旅――その果てを、共に見つめていただきたいです。
草彅剛
未知なる世界の扉が今まさに僕の心で開こうとしています。皆様が劇場に来てくれた瞬間にコンプリートされると思います。この何にも変えられない感覚だけど、もともと私たちが持っていて知っている感覚。是非皆さんと一緒に深く感じ合いましょう。あとは楽しむだけです!
杉野遥亮
遂に初日を迎えるのだな。と、感慨深い気持ちです。ほんとうに素敵な芸術になっていると思うので、期待してほしいですし、僕自身も期待しています。舞台シッダールタ!よろしくお願いします!
瀧内公美
無事、初日を迎えられることを嬉しく思っております。“自我の旅”という壮大なテーマを掲げたこの作品が手元に届いたとき、未知の旅路を歩み始めようとしていた私にとって、希望の光のように感じたことを覚えています。白井さんにとって、創作の原点となるこの作品に携わり、共に重ねてきた創作の時間は、何にも代えがたい経験でした。素晴らしいスタッフ・キャストの皆さま、そして愛に満ちた日々を与えてくださった白井さんとともに、今日から新たな一歩を踏み出します。皆さまの心に残るひとときをお届けできるよう、心を込めて演じてまいります。
鈴木 仁
濃密で贅沢な稽古期間を経て、いよいよ初日を迎えます。舞台に立つという久しぶりの感覚。どのように声が響いているのかなど、舞台特有の不安もありますが、自分を落ち着かせて、迎えたいです。世田谷パブリックシアターに立つのは初めましてですが、この素晴らしい劇場でどのような雰囲気になるのか、非常に楽しみです。デーミアンは一人生きる時代が違うのですが、パワーは持ちつつ毛色の違う熱量を出していけたらと思います。シッダールタ、男の道筋をしっかりと作り、見届け、この物語を深く、そして広い世界と結びつける役割を観てくださる方に受け取ってもらえるよう挑みます。役一人一人の登場する意味を感じながら、シッダールタの導く先を一緒に見届けてもらえたらと思います。
中沢元紀
本番初日が近づき、いよいよ始まるのか、始まってしまうのかと楽しみと緊張が入り混じっています。初めて立つ舞台。お客様が入った劇場の景色や熱気、呼吸全てを全身で感じお芝居で応えたい気持ちです。シッダールタが古代インドの世界を旅し、悟りの境地に到達するまでの中で現代にも通ずるものがあるとおもいます。皆様もシッダールタと共に旅をしながら、何か感じるものがあれば嬉しいです。シッダールタの世界にぜひ没入してください。
松澤一之
世界が不安定な今こそ観て欲しい舞台です。劇場でお待ちしております。
有川マコト
『シッダールタ』というお芝居は『出会いの物語』だと思っています。人と人との出会い、そして別れ。私達の日々はその繰り返しです。このカンパニーとの出会いに感謝し、このカンパニーでお客様と出会えることを、何より幸せに思います。
ノゾエ征爾
これだけグルグルと幾重にもトライを重ねたのだから、厚み、深みはもうかなりのものかと思いきや、劇場のセットに入って、いやまだまだ無限でした。ここにいられることの幸せを噛み締めつつも、ああ、客席から観たかった・・!是非でございます。
【東京公演】2025年11月15日(土)~12月27日(土) @世田谷パブリックシアター
【兵庫公演】2026年1月10日(土)~1月18日(日) @兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール
【原作】ヘルマン・ヘッセ「シッダールタ」「デーミアン」(光文社古典新訳文庫 酒寄進一訳)
【作】長田育恵
【演出】白井 晃
【音楽】三宅 純
【出演】
草彅 剛、杉野遥亮、瀧内公美
鈴木 仁、中沢元紀、池岡亮介、山本直寛、斉藤 悠、ワタナベケイスケ、中山義紘
柴 一平、東海林靖志、鈴木明倫、渡辺はるか、仁田晶凱、林田海里、タマラ、河村アズリ
松澤一之、有川マコト、ノゾエ征爾
【公式HP】https://setagaya-pt.jp/stage/25224/
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