7月23日(水)~27日(日)紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYAにて、こまつ座戦後80年イベント『井上ひさしの魂を次世代へ』が開催された。戦後80年を迎えた2025年、こまつ座からの”恩送り”として催された本イベント。井上ひさしの想いが込められた「※戦後”命”の三部作」に触れられる場として、こまつ座として初めてとなる舞台映像の上映会が行われた。
※「戦後”命”の三部作」…ヒロシマ『父と暮せば』/オキナワ『木の上の軍隊』/ナガサキ『母と暮せば』
劇場内には、こまつ座の作品や歴史に触れられるよう、舞台や映画に関する写真・チラシ・ポスター・資料などが展示された。7月23日(水)には、舞台『木の上の軍隊』に出演し、映画版でも歌声で作品を彩った普天間かおりのトークショー、7月26日(土)には、今年初めて映画化され、7月25日(金)より全国の映画館で上映されている映画『木の上の軍隊』の平一紘監督と津波竜斗のトークショーを開催。
最終日となった7月27日(日)は、2018年の初演、2021年の再演、2024年の再々演で3度にわたり舞台『母と暮せば』で母・伸子役を演じた富田靖子を迎え、こまつ座代表の井上麻矢とトークショーが行われた。
トークショーに先立ち、舞台『母と暮せば(2024年版)』の上映が行われた。本作は、原爆投下から3年経った長崎を舞台にした作品。原爆で命を落とした息子が、母を案じて姿を見せ、ひと時を共に過ごす物語だ。母親・伸子を演じたのが富田靖子、息子・浩二を演じたのが松下洸平だ。
突然姿を現した亡き息子に対し、腰をぬかして驚きつつも喜びを隠せない伸子。浩二の幼い頃の話、浩二のフィアンセだった町子との甘酸っぱいエピソード、原爆が投下された8月9日の出来事、戦後の厳しい世の中を伸子がどのように生きてきたか、なぜ伸子は助産婦をやめたのか。無残に引き裂かれた親子の切ないやり取りを1時間30分で濃密に見せる。
こまつ座の作品の特徴は、終始重苦しい空気にならないことだ。原爆を題材にしている作品だからつらい場面は避けられないが、クスッと笑えるシーンを上手く盛り込んでいるところが救われる。本作でいえば、伸子が浩二に対し、恋人の町子との関係をからかうシーンに心が温まる。父親が早く亡くなり、母一人、息子一人で仲良く暮らしていた2人の関係性が随所にうかがえる。
しかし1945年8月9日に起きた出来事、その後の長崎で起きたいわれのない差別など、物語の後半はつらい描写が続く。富田と松下の熱演に、観ている側もあまりの理不尽さにこぶしを握り締めてしまう。
浩二が姿を現したのは、生きることを諦めてしまった伸子を案じていたからだった。「この家に1人で暮らすのは嫌。私を連れて行って」と懇願する伸子の姿に、胸が張り裂ける気持ちになった。
しかし浩二の「ずっとそばにいる。僕だけじゃない。父さんも亡くなった兄さんも一緒だ」という言葉で、伸子は生きる力を取り戻す。どんなにつらいことがあっても立ち上がる力が人間にはあるのだ…とこの作品は教えてくれているような気がした。
上映会後、トークショーに登場した富田。初演のオファー時は7年ぶりの舞台出演だったが「『母と暮せば』の映画が舞台になるということ、こまつ座でやるということしか情報がなかったのですが、当時、子どもたちの学芸会のお手伝いをする機会があり、役をもらった子たちが一生懸命セリフを覚えているのを見て、舞台って良いなと改めて思っているタイミングでした。井上麻矢さんの『やりませんか?』という強い目線に吸い込まれて、お受けいたしました」と回顧した。
しかし、いざ本作の台本を読み進めていくと「感動しつつも、膨大なせりふを覚えなければいけない現実の自分を感じていました」と本音が飛び出す場面も。
今回の上映会は、こまつ座にとって初めての舞台映像の上映会だったが、開催してみた感想について問われると井上は「井上ひさしの言葉を通じて、もう戦争を起こしてはいけないんだという思いを少しでも持ち帰っていただけたらと思いこのイベントを開催しました。そのため、お芝居の映像を上映するだけでなく、(富田)靖子さんをはじめいろいろな方にゲストとしてお越しいただき、ロビーでは井上ひさしの言葉、特に苦しみのせりふを多くセレクトして展示しています。思いのほかたくさんの方が来てくださったので、有意義なイベントだったと感じています」と語った。
この日、息子の浩二を演じた松下が、結婚を発表したことに話題がおよぶと、井上は「事前にご連絡をいただいていました。お母さん(富田)にも連絡するとおっしゃっていました」と語ると富田は「知らなかったです。たぶん忘れていると思います(笑)」と苦笑い。続けて「母親としては『おめでとう。幸せに』と伝えたいですね」と笑顔で語った。
伸子を演じるにあたって、半泣きになりながら布団にくるまってせりふを覚えたという富田だが、今回の上映会を観て改めて課題に気付いたという。伸子役をいずれは若い世代にバトンタッチしたいとしつつも、課題をクリアするために、あと何度か伸子役を務め全うしたいと意気込みを見せた。
こまつ座で今後予定している作品について問われた井上は「2025年は『恩送り』をテーマにして演目を選んでいます。次の上演は戦争前夜までの1年間の小さな家族の物語を描いた『きらめく星座』という作品です。「戦後“命”の三部作」と時代感が似ているので、色々な方に観ていただきたいです。
また、永遠の青春少年だった石川啄木に対する井上ひさしの深い愛を評伝劇にした『泣き虫なまいき石川啄木』の上演も予定しています。私たちが誰かから受けた恩を、社会や自分の大切な人にちゃんと戻していくということをテーマにした演目が続きますので、ぜひ皆さんに来ていただきたいと思います」と締めた。
取材・文:咲田真菜
舞台写真:オフィシャル提供
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